5."Separate September" -d1 『受付』
-d1『受付』
10月10日。文化祭2日目。
……今日は昨日に増して人の数が凄い。
今日は1日休みを貰っていたが、陽翔さんが文化祭に来るのは11時だと聞いていた俺は、暇だったので1時間だけ店を手伝うことにした。
…が、不覚にも受付を任されてしまった俺は、憂鬱な気分で時計を見つめていた。
まだ始ってすぐな為お客さんは少ない方だが、これも10時半頃には列を作り始めるだろう。
こんなことなら、手伝うなんて言わずに、1時間どこかで暇つぶしでもしておけばよかった……。
そんな後悔の念が押し寄せてきている俺に「あの…」と声がかかった。
視線をあげると、そこには中学生くらいの髪が横にぴんぴん跳ねた少年が立っていた。
目が丸っこくて、可愛らしいような印象である。
「…はい。」
「えっと……コーラ2つとオレンジジュース1つ…それから………何だったっけ?」
少年は後ろを振り返る。
少年の後ろには少年と同級生くらいの女の子2人と男の子1人が立っていた。
少年は三人からもう一度注文を聞くと、俺に向き直る。
「え~っと…たまごアイス2つと…パンケーキのイチゴ味を一つ…」
「ちゃう!!」
いきなり少年の後ろから関西弁の野次が飛んできた。
その声に少年は絵に描いたようにびくっとなる。
「イチゴちゃうって、チョコやって!」
「…チョコだそうです。」
「え……あ、はい…」
……俺も思わず、少年と一緒に野次にびくっとしてしまった。
「…以上でいいでしょうか?」
「あ…はい」
「750円です」
少年は自分の財布から1000円札を出す。
それを受け取り、おつりと食券を渡す。すると少年はぺこりと頭をさげた。
俺も思わず下げ返す。
その後、少年は仲間を引き連れ教室の中へと入って行った。
まだ文化祭が始まって10分。
この少年達が初めての客だった。
取りあえず無事に終わった初めての仕事にため息をつく。
……それにしても、あの後ろにいた子、怖かったな…。
そんなことを考えていると、廊下にいる生徒達が何やらざわつき始めた。
俺は顔をあげて生徒達の目線の先を見る。
……そこには並んで歩く原野さんと陽翔さんがいた。
急いで時計を確認する。
時刻はまだ10時10分…。
…あれ?昨日『何時に来るんですか?』って聞いたら、陽翔さん『11時に行くよ!』って言わなかったっけ…?
俺はこちらに向かって歩いてくる原野さんと陽翔さんを見ながら、昨日のメールの内容を思い出す。
すると、陽翔さんは受付に座っている俺に気づき、「セイくん!!」と叫んだ。
……隣で原野さんの顔が歪む。
だが、陽翔さんはそんなことお構いなしといった様子で、こちらに駆け寄ってきた。
「セイくん!!久しぶりだね!店番かい?」
そう言いにっこりと微笑む。
陽翔さんは今日もシャイニングである。
「あ、お久しぶりです!はい、受付です。」
「受付か!僕も高校の時にしたことあるよー。なかなか大変だよね!」
「はい。俺は、こういうの苦手なんで…」
「そうかな?セイくんとっても似合ってるよ!」
「あ、ありがとうございます…。」
陽翔さんがあまりにいつも通りである。
俺もその感覚に慣れているので、いつも通りに会話をする。
だが。
気がつくと俺達三人(原野さんも含め)はかなり注目を集めていた。
…今更ながら焦る。
原野さんの方を見ると、彼女は「はぁー…」と深いため息をついていた。
だがやはり、陽翔さんは全然気にする気配はない。
「セイくん。受付はいつ終わるんだい?」
変わらず話しかけてくる。
……これは流石にまずいだろう。
この状況は余りにも目立ちすぎている。
俺は立ち上がる。
「すみません、ちょっと代わってもらってくるんで、ちょっと待ってて下さい」
陽翔さんにそう伝え、俺は教室の中に入る。
教室にはさっきの少年達1組だけだった。
その為、店番のクラスメイト達は暇そうにしている。
…そして、昨日さぼりすぎていた為強制的に働かされている矢吹は、何故かさっきの少年達と楽しそうに話していた。
俺は矢吹に近寄り、小声で話しかける。
「…矢吹」
彼は俺の声に気づき、少年達からこちらに視線を移す。
「おう!誠!なんだ?」
「あのさ、受付代わってくれないか?」
「…おう?どっか行くのか?」
「あぁ…ちょっとな。」
「なんだよ!…ま!別にいいけどよー。今日1日、逃げられそうにねーからなー。っていっても昼飯ん時に逃げるけどな!」
矢吹はカハハッと笑う。
俺は矢吹に短く「ありがとう」と告げると、急いで教室を出た。