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Contrast  作者: WGAP
1."A May-day"
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1."A May-day" -a7 『目撃』

-a7 『目撃』




 “ウワサ”っていうものは、おひれはひれがつくものだ。

それが事実に基づいていようが全くの想像であろうが、ウワサは同じだけの話題性を持って伝えられていく。

矢吹がさっき言っていた『中澤君かっこいい伝説』なんていうのがそのいい例だ。

ただ単に、俺が「黙って」、「誰とも目を合わせないように」毎日を過ごしていた頃の副産物である。

自分の“欠点”を隠そうとしていたら、いつの間にか周りに勝手に創られてしまっていた不都合な“表”。



 嬉々として語られたウワサによって創られた“表”の『中澤誠』というイメージは、さらなる空想を呼び、勝手な妄想を育て、より肥大していった。

その結果が、俺の学校という場での居辛さ、息苦しさにつながっている。



 高校での“新しい環境”に多少は期待していた。

だが、世間というものは思っているより狭いらしい。

俺がどれだけ気をつけていても、どこからか話は漏れ、伝わり、そこに根付いてき始めている。

もしかしたら、結局はまた同じ結果を招くことになるのかもしれない。



 いつからこうなってしまったのだろうか。この悪循環。

こんなことを言っていても結局は周りの目を気にしていて。

好きな人を昔のように名前で呼ぶことすら怖くて出来ない。


行動力がない。

強さが見当たらない。

勇気がどこから湧くのか分らない。


矢吹は『素敵だ』といってくれたが、この恋だって、もっと早く決着してもいいはずだった。

ずっと向かいに住んでいるのに、何の進歩もないなんて。

俺は思わず一人で苦笑いをする。



 中庭に着いた俺は、ゴミ捨て場でゴミ袋を処理するために、廊下から扉を出て石畳の中庭に入った。

この学校の中庭は四角形で、そのうち三辺を校舎が囲み、もう一つの辺は食堂に面している。

食堂と反対側の辺には、細い入り口を右に少し入ったところに奥まったスペースがあって、そこには芝生が青々と茂り、大きな木が何本も植わっていた。ゴミ捨て場はそのスペースの一番奥にあった。



 矢吹は食堂にジュースを買いに行ったのだろうか。

後でのぞいてみようか…。

そんなことを考えながら、俺はゴミ捨て場にゴミ袋を放り込んだ。

俺は新入生なのでよく分らないが、ここは仮設ゴミ捨て場らしい。

スペースの一角にゴミ袋の山が出来上がっていた。



 さて、無事ごみも捨てた。

ひとりで思考の深みにはまるのもひとまずお終りにしとこう。

矢吹と合流して、教室に戻って…ジュースも飲もう。

俺は来た道を戻ることにした。


が、しかし。



「あの…実は自分、あなたのことを、好きに、なってしまいまして。よかったら、つ、付き合ってくれないでしょうか?」

奥まったスペースから出ようとしたところで、俺は逆戻りをすることになってしまった。

スペースの入り口をちょうど塞ぐような形で、男女二人が向かい合って立っている。



 それはまさかの、告白現場だった。

このタイミングで、この場所で、俺はそんな場面に居合わせてしまったのだ。



 このスペースの入り口は若干狭くなっており、食堂の方に抜けるためには、この二人の真ん中を抜けないといけない。

そして、その告白現場を突っ切っていく勇気が俺にあるはずはなかった。



 俺は入口の折れ曲がっている部分の陰に身を隠した。

もっと奥に入ってもよかったのだが、できれば早くチャンスを見つけてこの状況から抜け出したいという気持ちが強かった。

あと、今時こんな古風な告白をする人がどんな人なのか気になったという好奇心も少し。

中庭に呼び出して告白なんて、今時の少女漫画でも見ないシチュエーションではないだろうか。



 俺はそっと眼だけを動かして、二人を観察した。

男子生徒の方はそれなりに筋肉質で、短く刈った短髪がいかにもスポーツマンといった感じだ。

彼が告白しているようで、キリっとした顔立ちが緊張で強張っている。


女子生徒の方は肩付近まで伸ばした黒髪をハーフアップにしており、学校指定の制服をきちっと着ていた。

この高校は私服登校が許可されているので、これは少し珍しい。

可愛らしいというよりは、綺麗。そう表現するのが正しい。

すっきりと整った顔立ちをしており、言うならば“クールビューティー”と表現したくなるような雰囲気を持っている。

あー、この人はモテるだろうな、と俺は直感で納得した。


彼女は先ほどスポーツマンの彼からの告白を受けたにも関わらず、ずっと沈黙していた。

困ったような、無表情のような、どちらとも取れる表情で彼の方をじーっと見ている。



 「……えーっと。あの………お名前は?」

あっ、と、彼が間の抜けた声を出した。

どうやら彼は名乗ることをしていなかったらしい。

というか、初対面で告白したのか。

がんばったな、彼。


「えっと、自分は、田辺っていいます。1-4の。」

「タナベ君。」

彼女の方は、彼…田辺君の苗字を繰り返すと、また黙った。今度は何か考えているようだった。



 しばらくすると、田辺君が沈黙に耐えかねたようにしゃべり始めた。

「ほら、あなたは知らないかもしれないんですが、自分、朝に、あなたと同じくらいの時間に、登校してて。それで、一目見て、素敵な人だな、と、…。」

田辺君は話し続ける。

どこで初めに見かけたか。その時の天気、気温、どのくらいの時間に見かけるのか…。


彼女の方はそれを聞きながらも特に表情を変えず、しげしげと田辺君を眺めていたが、ひとつ息を吐くと、彼の話を軽く制して、言った。



「えっと…タナベ君。あたしはあなたの気持に応えられません。ごめんなさい。」

彼女はぺこりと頭を下げる。


「え、…けど、そんな…」

田辺君はまだ何か言いたそうに口を開いたが、彼女はそれにかぶるように話し続ける。


 「えっとですね、あたしはまず、よく関わり合いになっていない人とお付き合い、ということは考えられません。

内面がどんな方か分らないのに、いきなり順序を飛ばしすぎだとも思いますし。

もう少し踏むべきステップがあったかなとも思います。

第一、あたしはタナベ君を今日初めて見ましたから。

それに、付き合うということもよく分らないんですよね。」



 彼女はこう言った。

…言ってのけた。

というか、“思ったことをそのまま言いました。”って感じだった。

言葉をまるでオブラートに包んでいない。

田辺君も、このあまりにど直球の駄目出しに唖然として、状況が飲み込めていないようだった。



 「けど」

…だが。彼女の話には続きがあった。


「そんなこといってくれて、嬉しいです。」


そう言って、彼女は。

切れ長の目をゆるりと細めて、微笑んだ。

男子でも女子でも、見た人すべてがハートをかっさらって行かれるような魅力的は微笑みだった。




「ありがとう。でも、ごめんなさい。」




彼女はくるりと踵を返すと、髪をなびかせて、さっそうと、校舎の方へ消えていった。

中庭には、その場に打ちとめられてしまったように微動だにしない田辺君と、今見た女性は一体何だったのかと、何とか理解しようと必死な俺が取り残された。




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