5."Separate September" -c1 『勧誘』
-c1『勧誘』
だんだん深まっていく秋の中、着々と準備は進み、10月9日。俺達はついに文化祭1日目を迎えた。
師匠にメールを返さなかったあの日から、俺は師匠と一切連絡を取っていなかった。
何となく寂しかった俺は陽翔さんにメールをしてみたが、陽翔さんは例の“大輔くん”と旅行に出かけているそうで、今日まで帰って来ないと連絡があった。
……色々陽翔さんに話したいことがあったけれど、それも諦めざるをえなかった。
そんなこんなで俺は、全ての時間を文化祭準備に費やした。
こんなに行事に積極的に参加したのは初めてだったが、なかなか楽しかった。
それから、ほとんど毎日、矢吹と一緒に帰ったり寄り道をしたりした。
これも、師匠と修業を始めてからはしていなかったことだった為、なかなか楽しかった。
その代わり、一気にお小遣いが減ったが……。
そんなこんなで向かえた文化祭1日目。
我が鷹尾高校の文化祭は、1日目は1年生の劇、2日目は2年生の劇が体育館で行われる。
模擬店のクラスは2日とも自教室で行う。
そして、学校は開放されている為、正門の受付に名前を書けば誰でも入れる仕組みになっている。
ただし、誰の関係者かは名簿にチェックしなければならない。
そんな感じで、高校の文化祭にしては割と自由な感じになっていた。
その為、校内には人がたくさんで、一日目から店は大忙しだった。
一日目が店番だった俺は、ひたすらメニューの残り具合を家庭科室にいる谷口さんに電話で伝えていた。
「えと…コーラとオレンジがもう無くなりそうだから、よろしく。あ、あとそれから…パンケーキも…」
『うん。わかった。コーラとオレンジは、今から3本ずつもっていってもらうね。パンケーキは今たくさんつくってるから、出来上がり次第、いっきにもっていきます。』
「うん。よろしく。」
俺は、電話を切りメニューの食材一覧表にチェックをつけていく。
……これは、今日また買い出しに行かないといけないな。
そんなことを考えていると、いきなり肩に手を置かれた。
「おっす!誠!頑張ってるな!!」
「……矢吹。お前もちゃんと仕事しろよ。」
俺が呆れ気味に言うと、矢吹は「ぬわぁにぃ~!!」と叫んだ。
「オレっちすっげー仕事してたんだぜ!!さっきまでずっと“1-5の喫茶店おいしいよー!安いよー!!”ってこれ持って叫びながら、校舎内駆け回ってたんだぜ!!」
矢吹が俺の目の前に看板をつきだす。
「...それはご苦労だったな、矢吹。じゃあ、続き頼んだ」
そう言い俺は手元の紙に意識を集中させる。
すると、矢吹は机の上から食材一覧表をひったくった。
俺はいきなりの矢吹の行動に驚き顔をあげる。
矢吹はそんな俺を見て、ニカっと笑った。
「誠、休憩入ろうぜ!!」
「……何でだよ。とにかくそれ返してくれ」
「もう昼飯の時間だぜ!?いいじゃん!俺達頑張ったんだしよー!」
矢吹に言われて初めて時計を見る。
時刻はもう12時40分だった。
今は少し落ち着いたが、文化祭が始まった10時からさっきまでずっと、あまりにも店が忙しかったから、時間を気にしている余裕もなかった。
……もうこんな時間だったのか。
「な!行こうぜ!昼飯!」
時計を見て驚いている俺に、矢吹が念を押してくる。
「じゃあ、1時まで待ってくれ」
「ったく、しゃーねーなー」
矢吹はそう言いながら、俺の前にどかっと座る。
そして、机の上に食材一覧表を戻すと「さっさと終わらせて、早く昼飯行こうぜ!!」と俺に笑った。
俺は頷いて、手元の紙に視線を移した。
…その時、店番をしていた2人の男子の会話が聞こえてきた。
「あ、原野さんの劇、1時からじゃないの?」
「え…そうだったっけ?」
俺はその声のした方に顔を向ける。
すると、俺の様子に気づいた矢吹がくしゃくしゃになったパンフレットを取り出し確認すると、彼らに向かって叫んだ。
「しのはらー!すえー!1時からだぜー!」
その言葉を聞いた2人は、俺達に近寄ってきた。
そして、矢吹がひらひらさせているパンフレットを取り確認する。
「うわ、ほんとだ。…やべ、もう始まるじゃん!……店番抜けられねーかな…」
「いけんだろ?普通に!」
パンフレットを見つめたまま頭を抱えていた篠原は、矢吹の言葉に苦い顔をする。
「あのなー矢吹。お前だけだよ、そんなことが普通にできるのは」
「えー、そうか!?」
「いや、褒めてないから」
何故か嬉しそうな矢吹に篠原は「ははっ」っと力無く笑う。
篠原啓太。
彼は何事にもまじめで熱い性格な為、文化祭の準備も積極的に取り組んでくれた。
そんな彼は、一ヶ月前、矢吹の自慢話を大きく否定していた内の一人で、…どうやら原野さんの熱狂的なファンらしい。
その為、今、原野さんの劇を見る為にどうしたら良いかと考え、唸っていた。
ファンなら余計に絶対に見たいのだろう。
……というか、俺も他人事のように言っているが、そんな彼と同じで内心焦っていた。
このままだと俺も、原野さんの劇が見れない。
だが、朝よりは落ち着いたといっても店はまだまだ混んでいた。今抜けるのは難しいだろう。
……どうするべきか。
俺は篠原と一緒に頭を悩ませる。
すると、篠原の隣で何かを考えていた末永が、「あ」と声を漏らした。
俺達3人は視線を末永に移す。だが、彼の視線は俺に向いていた。
「中澤が女子に頼んでくれたら、いけるんじゃないの?」
その言葉に今度は俺が「え?」と言葉を漏らす。
だが、篠原は「それだ!」と叫び、俺に視線を戻した。
「中澤!店番抜けれるように女子に頼んでくれないか!?お願いだ!」
篠原が俺に向かって手を合わせる。
…俺は内心戸惑った。
……何と言うか、そんなことをしていいものか…。
...だが、目の前の必死な篠原を放っておくこともできないだろう。
うん。
困った時はな、お互い様だ。
……というのは正直建前で、俺も原野さんの劇が見たかったから...なのだが。
とにかく、俺は末永の案に乗ることにした。
「……分かった。頼んでみるよ」
そう言い立ち上がる。
「…おぉー!!」
すると、俺のその言葉に三人から一斉に驚きの声が上がった。
「…え?なに…?」
「いや!誠は絶対断るだろうなーって思ってたぜ!」と矢吹。
「まじで!?中澤!本当にありがとう!」と篠原。
「…一か罰かのかけだったんだけど、乗ってくれるとは」と末永。
……そんなに俺が乗ったことが以外だったのか。
まだ俺を驚きの目で見つめている三人を置いて、店番をしているクラスの女子の元へと急いだ。
やっぱり少し気が引けたが、時計を見ると12時50分だった。
これはもうモタモタしていられない。俺は息を整え彼女に声をかける。
「あ…あの」
すると、彼女は凄い勢いで振り向いた。
「え?中澤君!?どうしたのぉ??」
俺はその口調にくじけそうになるが、踏んばる。
…ここで負けては駄目だ。
「お、俺達四人…矢吹と篠原と末永…昼ご飯、まだだから…今から行ってきてもいいかな?」
「え!?そうだったのぉ??中澤君、頑張ってくれてたもんねっ!!全然いいよぉ!行ってきて?」
「あ…ありがとう」
俺は何とか彼女に負けず頑張って話したおかげで、あっさりOKをもらえた。
俺は不安そうな目でこっちを見ている篠原と、興味深そうに俺らのやり取りを見ていた末永と、何故かニヤニヤしながらこっちを見ている矢吹に向けて、OKサインをだした。
その途端3人の表情は、ぱあっと明るくなる。
そんなこんなで。
12時55分。
俺達四人は凄い勢いで教室を駆けだした。