5."Separate September" -b4 『返信』
-b4『返信』
文化祭の準備も本格的になってきた為、俺が家に帰りついたのは8時過ぎだった。
疲れ果てた俺は、鍵を開け無言で家に入る。
玄関にはもう父さんの靴があった。
リビングからはテレビの音と母さんの声が聞こえていた。
俺は玄関で靴を脱ぎ、そのまま階段を上がる。
すると、母さんがリビングの扉から顔だけ出してこちらに向かって叫んだ。
「まこと。あんた、ただいまくらい言いなさいよ!」
「あ…ごめん」
「着替えてすぐに降りてきなさいよ~。もう遅いしさっさとご飯食べちゃってね。」
それに俺は適当に「はい」と返すと、階段を上がり、すぐに自室に入る。
今は何だか、放っておいてほしい気分だった。
扉を閉めるなり、鞄を椅子に放り投げ、ベッドにダイブした。
仰向けになり俺は、はぁ、とため息をつく。
……今日は何だか疲れたな。
あの後、俺達はまた教室へ帰るまで終始無言だった。
…しかし、もうあのいい感じの空気は、俺達の間には流れていなかった。
原因は、確実に俺にあった。
でも、俺は何故かイライラを抑えることは出来なくて……。
教室に帰ってからもイライラしていた俺は、無言で予算報告書の続きを書いていた。
クラスメイト達は俺が何となく不機嫌なことに気づいていたのか、珍しく誰も声をかけてこなかった。
……そう、あの矢吹でさえも、だ。
だが、俺にとってはその方が有難かった。
今誰かに話しかけられても、いつも通りに話すことは出来なかったと思うから。
…今になって考えると、谷口さんには本当に悪いことをしたと思う。
……せっかく、少し距離が縮まったと思ったのに…。
これでまた一つ、チャンスを棒に振ったかもしれないな。
俺はまた一つ、ため息をついた。
“ため息をつくと幸せが逃げる”というけれど、もしそれが本当ならば、今日の俺にはもう幸せが残っていないだろう。
いや、だけど。
俺はふと、考えないようにしていたことを思い出してしまった。
俺をこんな状態にしたのは師匠だ。
……そもそも、メールを返さなかった師匠が悪い……。
うん…そうだ。
………いや。
こんなことを思っていても仕方が無いことは分かっている。
それに…師匠が忙しかったことも、分かっている。
前までの俺ならこんなことくらい、何てことなかったのに……。
…何故だろう?自分の中で、ふと疑問が飛び出す。
よく考えてみると、俺は師匠がメールを返さなかったことに怒っている訳ではなかった。
俺にも、劇の主役が本当に忙しいんだろうってことくらい、分かっていた。
なら…俺は何にこんなにまでムカついているのだろう…?
……と、その時だった。
いきなり机の上でヴーーヴーーヴーーと携帯が鳴り響く。
俺は勢いよく飛び起き、携帯を取る。
そして、もう一度ベッドに戻り、携帯を開く。
すると画面には、俺が予想をした通り“原野唯陽”という文字が映し出されていた。
俺はその映し出された名前を見て、心の中がスッとする。
さっきまでのムカムカした感じは無くなっていた。
原野さんからの本当に久しぶりなメールに若干緊張気味に、俺はメール受信ボタンを押した。
『文化祭、例の彼女を誘うこと。』
このメールを見た瞬間、俺の頭で何かがキレた。
………何なんだよ、これ。
………もういいです。
…そうですか…。
あなたは、俺のことはまるっきり無視で自分の用件だけ伝えるんですね。
俺の心に、さっき抜けたはずのムカムカがまた溜まっていく。
俺はそのまま携帯をベッドに投げ出し、部屋を出た。
何だかどうしようもなく腹立たしかったから。
俺は今日初めて、師匠にメールを返さなかった。