5."Separate September" -a6 『再認』
-a6『再認』
「原野さんのクラスは文化祭何するんですか?」
俺は、ジュースを飲みながら、ジャングルジムにのっている師匠を見上げた。
師匠は「ん?」と声を発すと、足をぶらぶらさせながら答えた。
「…劇」
その声に少し不満さが感じられたが、俺は質問を続ける。
「へえ。劇かぁ…何をするんですか?」
「…リボンの騎士」
……なるほど。なんとなく分かったぞ。
俺は確信を持って原野さんに言う。
「原野さん、主役でしょ?」
この言葉に彼女は苦い顔をして頷いた。
俺は納得する。
「嫌なんですか?」
「別に…主役をやるのはいいのよ。」
「…じゃあ、何が嫌なんですか?」
「練習。出なくちゃいけないでしょ?面倒だなって」
俺はここ4カ月彼女を見てきて分かったことがある。
彼女は凄く“面倒くさがりや”だ。
今の表情もそうだ。
一見クールに見えるが、こういう表情の時はだいたい心の中で「面倒だな」と思っている。
そんな彼女に苦笑いを浮かべながら、俺は聞くまでもないことを言葉にした。
「推薦ですか?」
師匠は俺を見て、コクっと頷いた。
「ぼーっとしてたのよ。そうしたら吉井が勝手に推薦して話進めてたみたいで…。気づいた時にはもうほとんど決まってて、拒否権がない状況だったのよ…」
なるほど、やはりそうか。
俺は納得した。
やはり原野さん、クラスでも人気者のようである。
それと同時に、俺は“吉井”という単語が耳に残った。
この名前、確かクラスでも聞いたような気がする。
どういう関係なのだろうか。
「…吉井さんって、仲良いんですか?」
俺の質問に原野さんは首をかしげる。
そして「んー」と唸った。
「入学して初めに声をかけられたのよね。それから何かと一緒にいるけど。」
そう言いまたも首をかしげる。
師匠、それを仲良いっていうんですよ。
俺は心の中で突っ込む。
話を聞いたところ、例の“吉井さん”は矢吹に近いところがあるのかもしれない。
多分一方的に気に入られて、それからくっつかれているのだろう。
でも吉井さんのことを話す原野さんの様子から、嫌ではないことが分かる。
あぁ、俺と矢吹の関係に似ているな…。と、ふと思う。
俺も初めは、矢吹にいきなり話しかけられてつきまとわれて「何だ、こいつ」って思っていたのだが、今は一緒にいるのが当たり前だし、もちろん嫌じゃない。
寧ろ一緒にいない方が気持ち悪く感じる。
きっと原野さんと吉井さんもそんな感じなのだろう。
「マコトのクラスは何やるの?」
そんなことをぼんやり考えていると、原野さんからいきなり声をかけられる。
「え…あぁ、一応、喫茶店です。」
「へぇー。もう役割分担決めたの?」
「それはまだですね。喫茶店っていうのも今日決まりましたから。」
「ふーん」
原野さんは足をぶらぶらさせている。
すると、師匠は何かを思いついたのかいきなり「あ!」と声をあげると、ジャングルジムから飛び降りた。
「マコト、ウエイターしたら?」
「え?」
いきなりの言葉に頭が"?"になる。
「ウエイターって人前に出て知らない人と話さないといけないでしょ?だから、修行も兼ねて」
師匠は名案を出したという満足げな表情を俺に向けてくる。
だが、今回は俺には断る理由があった。
「あ、でも俺、文化委員の補佐役なんで…。多分、経営方面です。」
俺の言葉に師匠は驚いた表情になる。
「へぇー。珍しいわね。それってあたしのクラスでは立候補制だったけど」
そしていきなり師匠がニンマリと笑った。
「もしかして…例の彼女が文化委員だったり?」
俺は驚いた。
こういう時の師匠のカンは凄く鋭い。
「…はい」
師匠は俺の答えに「え!?」と声をもらし、目を丸くしていた。
どうやら冗談で言っていたらしい。
「マコト、立候補したの?」
師匠が期待を込めた眼差しで見つめてくる。
おお…これは新しい反応だ。
その思いに応えたくて俺は、思わず“はい”と答えそうになった。
だが。
『これからは絶対、あたしに、嘘つくな!!!これも契約に加えます!!!』
ふいにこの言葉を思い出し、喉の奥がぐっとしまった。
原野さんを怒らせてしまったあの日…彼女に言われた言葉だった。
もしまたこの嘘がばれたら、契約違反でどうなるか分からない。
…とにかく、原野さんをがっかりさせてしまうのは嫌だけど、怒られるよりはマシだ。
そう決め、俺は本当のことを話す。
「あ…いや…矢吹の推薦です…」
返答を聞き、俺から師匠のキラキラした眼差しが外されたのは悲しかったが、これでいいと少し沈む心に言い聞かせる。
「…まあ、そうね。流石にまだそこまではね。でも結果オーライで良かったじゃない」
「はい…」
「矢吹のおせっかいも、たまには役に立つのね」
師匠はそう言いながらぶらんこに移動する。
俺もついていく。
ぶらんこに乗った彼女は、まだ「珍しいこともあるものね」と呟いていた。
彼女はブランコをこぎ始めた。
何かを考えているようだ。
そして、自分の前に立っている俺を見上げて話し始める。
「マコトも矢吹のおかげで文化委員補佐役になれたし、あたしも劇の練習があるし。とりあえず、修行は今までより頻度を減らさないとね。」
俺は彼女の言葉に頷く。
立候補でないとはいえ文化委員補佐役になったからには、文化祭に対して積極的に、クラスの中心となって頑張らないといけないのだろう。
…出来れば傍観者レベルでいたかったのにな。
だが、もうそんなことは言ってられない。
しかし、文化祭は盛り上がる分もめごとも多い。
今回はそれの中心になるのか…。
考えれば考えるほど、ため息が止まらない。
今からこんな状態なのだから、本格的に文化祭準備が始まったらどうなるのだろう。
もちろん今まで通り放課後に修業をするのは厳しいことは分かりきっている。
時間的にも、体力的にも、もちろん、精神的にも…。
だから、この師匠の言葉は俺にとって凄く有難かった。
「じゃあ、お互い頑張りましょう。」
師匠がそう言い、立ち上がる。
考えごとをしていた俺は我に返り、「はい」と答えた。