5."Separate September" -a5 『許容』
-a5『許容』
現在時刻は5時15分。
集合時間は5時。
俺は15分遅れで鷹尾神社に到着した。
完全に息が上がっている俺。
…そして目の前には…私服ですべり台に隣接しているジャングルジムにもたれかかっている原野さん。
黙ってこちらを見ている。
……見ている。
「…メール、見たわよね?」
「…はい。」
……怖い。
先月の出来事がフラッシュバックしてくる。
なんで俺はこう、師匠を怒らせてばっかり……。
「遅刻厳禁よね?」
彼女がそう言ったので、俺はその台詞にかぶせるように
「すみません!!!」
と謝った。
これしか方法が思い浮かばなかった。
「……まぁ、いいけど」
そう言い、彼女は汗だくの俺からふいと視線をそらす。
そして、ジャングルジムから降りると、鷹尾神社の入口のほうへ歩いて行ってしまった。
……やばい。
これは本格的に怒らせてしまった。
頭の中では、一ヶ月前の陽翔さんの家での出来事がフラッシュバックしている。
…いや、これは本当にやばい…。
今は陽翔さんもいない。
一人でこのピンチを切り抜けなくてはならない。
谷口さんと別れてからの俺のスピードは、凄かったと思う。
恐らく、16年間生きてきて1番の走りだった。
タイムを測れば今までで一番速かっただろうに…と思うくらい。
この時ばかりは周りの反応を気にしている余裕など無かった。
だから、学校の生徒達の驚きの声なんて俺には…。
……いや、ばっちり聞こえてたけど…。
あぁ…明日学校に行くのが憂鬱だ…。
いや、今はそんなことどうでもいい。
師匠はおそらく帰ってしまった。
追いかけないと。
追いかけて謝って……許してくれるだろうか……。
そんな時。
じゃりっと、後ろから足音が聞こえてきた。
師匠が帰ってきた?!
まだ家に帰った訳じゃなかった!
俺は、勢いよく振り返り、思いきり頭を下げた。
「本当に、遅れて、すみません!」
最良の方法を実行する。
もう腰の角度が90度を超えるくらい頭を下げていた。
「…はあ。」
頭上でため息が吐かれた。
頭を下げている為、彼女の表情は分からない。
俺は次の言葉を待つ。
どんな言葉も甘んじて受ける覚悟はある……!
だが、彼女の次の言葉は。
「…いいって言ったじゃない。別に怒ってないわよ。それにマコトを見れば、走ってきたことも分かるし…」
「……へ?」
思ってもみなかった師匠の返答に、間抜けな声がでる。
顔をあげると、なんだかあきれ顔の原野さん。
そして彼女は、俺に右手を突き出した。
「はい。」
その手には、ジュースが握られていた。
何が何だかわからない俺にそれを渡すと、彼女はまた、ひょいっとジャングルジムに飛び乗り座る。
俺は、師匠からもらったジュースを見つめ、感動していた。
まさかこんないいことがあるなんて。
…あぁ、全力で走ってきて良かったな。
大袈裟かもしれないけど、人間頑張れば必ず良いことだあるんだな…。
俺がそんなことを思っていると、いきなり手元からジュースが奪われた。
……え?!
俺はいきなりのことに目を見開く。
まさか、『渡しただけでした』とか言うオチ……?
またジャングルジムから降りてきたのか、目の前の原野さんは、俺から奪ったジュースを片手に、なんだか照れているような怒っているようないぶかしんでいるような微妙な表情をして立っていた。
「…別に毒なんて入れてないわよ。飲まないならあたしが飲むけど…」
そう言いキャップを開けようする。
俺は慌てて、原野さんからジュースを奪い返す。
そして、
「飲みます!飲みます!!ありがとうございます!ほんと!!」
ジュースをさらに強く握りしめた。
テンションが急上昇していくのが分かった。
そんな俺を見て、彼女の微妙な表情が和らいで。
「……ははっ!」
原野さんは吹きだしたように笑った。
俺は原野さんの優しさに感動しながら、一口ジュースを飲んだ。
何故かいつもより美味しく感じるなあ。
俺はぼーっとそんなことを思った。