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Contrast  作者: WGAP
5."Separate September"
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5."Separate September" -a3 『残念』 

-a3『残念』



 「だあーから!ほんとだって!!」

何かを興奮して伝えているようだ。

「原野と鷹尾祭りに行ったんだって!!」


 矢吹は、満面の笑みを浮かべながら、クラスメイトに師匠と祭りに行ったことを、大きい声で自慢していた。

師匠が俺と谷口さんの為に行った作戦とは知らず、嬉しそうにしている矢吹を見ていると、俺の心は罪悪感にさいなまれた。

…ごめんよ、矢吹。

俺は、心の中で呟き、矢吹を遠い目で見つめた。



 だが矢吹はそんな俺の視線には気づかず、自慢話を繰り広げる。

「いやー、最初はオレっちもびっくりしたんだぜ?でもよく考えたらさ、オレっちと原野って幼馴染じゃん!これはキタなって…」

矢吹は、おそらく自分の中ではキマッテいるのであろうポーズをとり、そして、これまたキマッテいるのであろう顔をしている。


 ここで、矢吹の周りで大人しく聞いていたクラスメイト達が呆れたように口を開いた。

「矢吹…夢は所詮、妄想だぜ?」

「現実を見ろ!!矢吹!」

などなどの酷い言葉を投げかける。


しかし矢吹はそんなことには全く動じない。

まだ続けているキメ顔で、さらにふっと笑った。

「皆の衆、それは嫉妬というものか?」

矢吹の言葉にひやっとする。

こんなことを言って、反感を買ったらどうするんだ!

俺は恐る恐るクラスメイトの表情を伺った。


 しかし、彼らの反応は俺の予想と大いに違っていた。

反感どころか、矢吹に憐みの目を向け、そして肩に手を乗せ静かに首を横に振る。

「…矢吹、もういい。」

「今日は、俺らが奢るから。」

穏やかな笑顔を浮かべ、ゆっくりと頷くクラスメイト。

一方の矢吹は、キメポーズのまま、ポカーンとしていた。


 だが、ここですんなり食い下がる矢吹ではない。

状況を把握すると、彼は何故か半泣きになって、勢いよく机の上に立ちあがった。

「てめーら!!いいかげん信じろよ!!オレっちは嘘はつかない主義なんだぜ!!?」

まるで駄々をこねる子供のようである。

何だか残念な気分になって、矢吹を見つめる。




 すると。

机に乗って視線が高くなったことで、今までクラスメイトに隠れて見えていなかった俺に気づいたようで、矢吹の表情がぱあっと明るくなった。

机から勢いよく飛び降り、俺の方へ駆け寄ってくる。

そして、俺をびっと親指で指し、今までの表情はどこへやら、クラスメイト達にニヒルな笑顔を向けた。

「まぁ、待ちたまえ。そんなに信じれないのなら、子奴に聞けばよい。のう、誠よ。」

矢吹はきらきらした眼差しを俺に向けてくる。

なんでいきなり口調が変になったんだ。

この発言により、クラスメイト達の視線を一気に受けることとなった俺は、

「あー…」

と思わず間抜けな声を出した。


 クラスメイト達は口々に「嘘だよなー、中澤」「矢吹に合わせなくていいぞ」と、矢吹に対して酷い言葉を投げかけてくる。

ここは彼らに合わせて空気を読むべきか、とも考えたが、矢吹があまりに俺に期待を寄せていたため、本当のことを言うしかなさそうだった。

「…本当だよ」




 言葉を発した瞬間、一瞬時が止まったかと思った。

全員が一斉にフリーズしたのだ。

俺の言葉を理解出来なかったのか…いや、正しくは理解したくなかったのかもしれない。


 一方矢吹はというと、満面の笑みを浮かべ、満足気である。

「なっ!!言っただろ!なっ!!ほんとだろ!」

俺は、まだフリーズしていたクラスメイトに、残念ながら本当だよ、と付け足した。

その言葉にクラスメイト達は、「まじかよ…」「…嘘だろ」と口々にため息を漏らす。

言いたい放題である。

俺はクラスで特に目立つこともせず真面目に取り組んでいる為、どうやらクラスメイトの間では“『中澤誠』は真面目な奴”と認識されているらしい。

だから、恐らく証人としては充分だったのかもしれない。


 一方矢吹はというと、一緒に祭りに行ったことを事実と受け入れた様子の彼らを見て、勝ち誇った表情を浮かべていた。

俺はその表情に若干呆れたが、今回ばかりは本当のことだから、仕方がなかった。

でも、俺が彼らの立場なら、絶対信じないだろうな。

いや、信じたくないだろうな。…矢吹には悪いけど。

俺は今度は、クラスメイト達に憐みの目を向けた。




 しかし。

次の瞬間、うなだれていた彼らの内の一人が、何かを思いついたように顔をあげた。

「なぁ、俺、思うんだけどさ、そのメール吉井さんに送ろうとしたんじゃねーか?」

その言葉を聞いた途端、うなだれていた他のクラスメイト達の顔が、ぱっと明るくなるのが分かった。

「絶対そうだ!」「間違いない!!」とみんな一斉に声をあげる。

俺は初めて聞いたのだが、『吉井さん』という人物はなかなか有名なのか、その場の全員が知っている様子だった。


「原野さん、吉井さんを夏祭りに誘おうとして、アドレス帳で選択を間違えたんだよ!ほら、矢吹、吉井、って多分並んでるだろ?」

矢吹には悪いが、俺はその勝手な解釈を聞き、無意識に頷いていた。

なるほど、確かにそう考えたほうが自然だ。

空想ながら、なかなか納得させられる意見だと思う。



 だがやはり、かわいそうなのは矢吹で。

「なんなんだよ、お前ら!そんなに信じないならメール見せてやるよ!!」

矢吹はおもむろに携帯を取り出し、師匠からのメールを俺たちへ突きつけてくる。

そこには、師匠らしいシンプル且つ、分かりやすい文章が並んでいた。


「鷹尾祭り一日目、一緒に行きませんか?」


…って矢吹、このメールを保護してるのか。

そんなに嬉しかったのか。

悪いことしたかな。


 俺がぼーっと考えている間にも議論は激しく続いていた。

「だから、このメールを吉井さんに送ろうとしたんだよ!」

「もしお前らの言う通り送り間違えたんなら、原野から間違えたってメールがくるだろーが!」

「それは…。原野さんがお前にメールする前に、お前が返信したから、悪くなって諦めたんだよ!!どうせ、メールが来て一分も経たない内に、返信したんだろ!?」

「…うっ」

いや、頑張れ矢吹。

お前が正しいんだから。


「な…なんだよ、お前ら!!でも鷹尾祭りに一緒に行ったのは本当だから、経緯なんてどうでもいいんだよ!」

どうやら、矢吹は間違いメールだったと認めてしまったらしい。

根拠は無いのに妙に納得させられる意見に矢吹も折れたのだろう。



 すると、矢吹と口論していた一人が、半泣き状態を持続している矢吹の肩にそっと手を置き、諭すように口を開いた。

「俺たちはお前が勘違いしないように、言ってるんだ。矢吹、鷹尾祭りのことは一夜の幻と思え。」

どうして俺のクラスは、矢吹を筆頭に、こうもユニークな奴らが多いのだろう。


 一方矢吹は、もう完敗だとでも言うように、がくっと頭を下げていた。

だが、悔しそうにばっと顔をあげ、勢いよく叫ぶ。

「もういい!誠、帰ろうぜ!!」


 こんな可愛そうな状態の矢吹の誘いを断るのは気が引けたが、このやり取りを聞いている内に時刻は4時30分を回ってしまっていたいた。

これは直行で行かないと間に合わない。

俺は、師匠のメールの『遅刻厳禁』の文字を思い出した。

…師匠との約束は絶対である。


「あ、ごめん。俺ちょっと、用事が……」

その言葉を聞き、矢吹は一瞬動きを止めた。

こちらを振り向く。

なんだか半泣きから涙目になっていた。



「お、お、お前!!友達だと思ってたのによー!!!」


矢吹は叫びながら、教室を出て行ってしまった。

悪いな、矢吹……。


俺は心の中でもう一度謝り、矢吹の背中を見送った。







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