5."Separate September" -a2 『迷想』
-a2『迷想』
いくら師匠との修行で度胸がついたとはいえ、クラスのほぼ全員が賛成の声あげているのを覆すことなど、俺にできるはずがなく。
唖然として反論もできない俺と、慌ててそれを制そうとする谷口さんを押し切る形で、俺は“文化委員補佐”に決定してしまった。
俺は戸惑いと後悔で席から動けないでいた。
俺に押し付けることでスムーズに話し合いが終わり、クラスメート達は早々と教室を出て行った為、クラスにはもう数名しか残っていない。
もちろん帰宅部の俺も、話し合いが終わると共に早々と教室を出るつもりだった。
……というのに。
谷口さんと二人で委員なんて、一ヶ月前の俺なら嬉しさで飛び上がっていただろう。
もちろん、心の中で、だが。
だが今は……できれば二人になりたくなかった。
なんとなくだが、あの夏祭り以来お互い感じている、気まずさや気恥ずかしさを、どう対処したらいいか分からない。
…いや、俺には対処できない。
あぁ、やっぱり矢吹には、余計なことをするなと釘をさしておくべきだった…。
俺は今更ながら後悔する。
…今まで、矢吹に俺の気持ちを知られてしまったと言っても実害はなかった。
それは俺や師匠が気を配っていたのもあるし、8月の時のようにただ運が良かったということもあるのだが、それでもそれはただの杞憂にとどまっていた。
今まで漠然と抱いていた『矢吹は余計なことをしてくるかもしれない』という予感の通り、やはり、奴に知られているということは大きなデメリットだったようである。
できることなら5月に戻って、あの時の俺に活を入れたい。
『おい、自分!ここでテンパったら矢吹にばれて面倒なことになるぞ!』と。
そうしたらもっと動きやすかっただろうし、予想外の事態も起きなくて済んだだろうに……。
俺は、クラスメイト達と楽しそうに会話をする矢吹を見やり、がくっとうなだれた。
ああ、どうしてこんなことに………。
テンションがさらに落ち込みかけた次の瞬間、突然ポケットに振動を感じた。
俺はそれに一瞬びくっとしたが、最近はまた鳴ること自体が珍しくなったそれを取り出す。
なんとなく画面を見た。
そこには。
『原野唯陽』
俺は表示された文字を見た途端、思わず背筋を伸ばした。
久しぶりの連絡である。
若干緊張しながら受信ボタンを押す。
『5時に鷹尾神社集合。遅刻厳禁』
…師匠らしいシンプルなメールだった。
俺は最後の四字熟語を見た途端、ばっと顔をあげ時計を確認する。
時刻は4時15分。
…15分間もうなだれていたのか。
改めて自分の情けなさを知り、はぁ、と息を吐く。
本当に、なぜこんなことになってしまったのか。
そもそも俺をこんな状態にした原因は、矢吹である。
…急がなければいけないが、やっぱり一度釘をさしておくか。
そう思い、俺は帰り支度を済ませ、数人の男子クラスメイトの中心で一生懸命何かを叫んでいる矢吹の方へ向かった。