1."A May-day" -a6 『発覚』
-a6 『発覚』
「…そうか、どうして彼女がいないのかと思ったら、そういうことだったのか…。」
谷口さんから受け取ったゴミ袋を受け取った後、中庭に向かって歩いきながら、矢吹は心底納得したようにこう言った。
まだ矢吹はそわそわしている。
俺は内心、飛び上るほどビビったのだが、何とか平静を取り繕った。
「な…なにがだよ。」
「とぼけんなよ!水臭いぜ、このっ!!」
矢吹が肘で俺の脇腹をつついてくる。
「だからぁ!こういうことだろ?誠君よ。お前谷口さんのことがす」
「やめろやめろやめろやめろ矢吹やめろ!!!」
思わず叫んでしまった。
矢吹が俺の大声に驚いてフリーズした。
「…おう?!」
「止めろ!!!」
「…お前がそんな大声出してんの初めて聞いたぞ。」
高校で初めて叫んだからな。
「けど、そこまで必死に止めるってことは、図星だろ?」
矢吹はまだめげない。
にやにやと、なんだか嬉しくて仕方ないみたいに、笑っている。
これはもしかして、墓穴を掘ってしまったか?
「いやぁ、なるほどなぁ。納得納得。お前もオレらと変わらない健全な男子高校生だったわけだ!」
「な…だから…」
「谷口さん、可愛いもんな。」
空気を読んだのか、今度は小声で言った。
俺はその言葉で、思わず彼女を思いだす。
また耳のあたりが熱くなった。
そんな俺を真正面にとらえた矢吹は、考えごとをするように腕を組む。
「確か、谷口さんとは幼馴染だろ?家が前だとか…。」
「…え?お前、なんで知ってるんだよ。」
谷口和。
俺の向かいに住んでいる幼馴染とは、彼女のことだ。
だがしかし、矢吹はおろか、俺は高校に入ってから誰にもこのことを話していないはずだった。
矢吹はそんなこと何でもないという風に右手をひらひらさせる。
「オレっちの情報網を舐めちゃいかんぜ。特に誠、お前は目立つからな。情報も多く集まってくる。あーんなこともこーんなことも。」
「…え、うそ。」
……信じたくない事実だ。
「まあ、ほとんどが中学時代とかの“中澤君かっこいい伝説”だがな。
『あんな時も中澤君はクールで落ち着いてたのよ!』とか、『こんな時も中澤君だけは一人かっこよかったの!』とかだ。女子の噂話っておもしれーぞ!」
矢吹はカハハと笑って、尚も続ける。
「幼馴染っていうのも、女子たちの噂話で聞いたんだ。谷口さんのことをしきりに羨ましがってたよ。おいしい境遇だぜ?幼馴染ってのは。」
「………。」
矢吹のその言葉に、
「…言う程、いいことばっかりじゃないよ。」
すこし考えて、言った。
確かに、家が向かいだから、小さい時から一緒に遊んだし、中学の時に彼女が買った携帯のメルアドもすぐにメモ帳に書いて渡してくれたし、今でも“まことくん”と呼んでくれているけれど。
それは“幼馴染”の特権なのかもしれないけど。
もし俺が…もう少しフツウな性格してたら、“どちらかというとマイナスの方が多いんじゃないか”とか、思わないんだろうな、と、思った。
「あー、なるほどな。やっぱりそうなのかー。幼馴染から付き合うパターンって多い気がするけど、関係性を変えるのが結構大変だったりするって聞いたことあるぜ。」
矢吹は俺の含みある言い方に気づかなかったようで、気楽な調子でこう相槌を打った。
どこかにやけたような表情はまだ残っていて、さっきよりもそわそわしている。
「いや、けどなんか、いいなよな、こういうの。青春だな。」
「…そうか?」
「おう…俺好きなんだよ、こういう熱い展開。」
「ベタな感じだろ。」
「いや………とびっきり素敵な感じだ!!!」
矢吹はそういうと、持っていたゴミ袋を俺に手渡して、満面の笑みで言った。
「ジュース奢ってやんよ!先にゴミ捨てといてくれ!!」
そして走って行ってしまった。
矢吹の姿が階段の下に消えていった。
…なんでそこでジュースなんだよ。俺も少し笑いだしたい気持になった。