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Contrast  作者: WGAP
4."Odd August"
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4."Odd August" -c5 『想出』

-c5『想出』




 夏の夜は、長くも儚く過ぎ去っていく。

ただひたすらに急いで、急いで進むうちに、いつの間にかあたりの人混みは引いていた。

何故だろう、そこまで走ってもいないはずなのに凄く息が苦しい。

俺は肩で息をしながら、あたりを見渡した。

気がつかないうちに祭りの中心から離れた広場の淵にあたる場所まで来ていたらしい。

祭りの音が遠く聞こえる。



 「ね……ねぇ、………まことくん……」

後ろから谷口さんの声がした。

今まで無我夢中で全く後ろを見ていなかった俺は、ハッとして振りかえる。

彼女の息はもうすっかり息があがってしまっているのか、肩を上下に揺らしながら頬を真っ赤にしていた。


「え、あ!!ご、ごめん……!!」

俺はすっかり我に帰って、掴んでいた彼女の腕を放す。

お、俺は……いきなりとはいえ、一体何を………!

自分のとんでもない行動に、内心頭を抱えた。

だが、彼女は首を横に振ってこたえる。

「ううん………だいじょうぶ。」


その眼は、とても潤んでいて。

遠くからの祭りの明かりを取り込んだかのようにきらり、きらりと光っている。

いつもの、ビー玉のような。

じっとこちらを見つめる、ふたつの瞳。

だが今の彼女の瞳には、いつもには無い、迫ってくるような、どこか力強いものがあった……。


「……え、あ!いや……え、ごめん………」

俺はとっさに言った。

これ以上こうしていたら、もう完全に飲まれてしまいそうだったのだ。

「あ………ちょっと、休む?」

広場の淵に上方へと続く石畳の階段が見えている。

俺はしどろもどろになりながら、そこを指さす。

谷口さんはゆっくり、コクンと頷いた。





 俺たちは並んで階段に腰掛けた。

夏の夜の、熱を含んだ空気がしっとりと覆いかぶさってくる。

あたりには誰もいない。

俺たちが二人、ここにいるだけ。

そこまで遠くまで来ていないはずなのに、この空間だけ祭りからは切り取られた別の場所であるかのように、騒音が遠く、遠く聞こえた。



 呼吸はなかなか整わない。

喉の奥が、胸の奥が、詰まってしまったかのように苦しい。

それは、早鐘を打ち続けてなかなか治まらないこの心臓のせいなのか。

鼓動が乱れたまま整わないのは、少し走ったせいなのか。

それとも………。



 前方に明かりを見るだけで薄暗いこの場所で、俺達ふたりは、じっと黙って、そこにいた。

二人だけ。

時間が、流れる。

その流れは、ゆっくり穏やかに流れるような、はたまた一瞬で消えてしまう閃光のような、奇妙な感覚を伴っていた。


横で彼女がゆっくり呼吸する音が聞こえる。

耳を澄ませば、その胸の鼓動さえ聞こえるのではないかと錯覚するような、静かな空気。



 彼女はじっと手元を見ていた。

さっきとった藍色のヨーヨーをじっと見つめている。

俺はその手元を視界の端に映しながら、ただ、祭りの風景を眺めるふりをする。

彼女の顔が、見られない。


目が合うと、何かが動き始めてしまいそうで。

止まらないまま加速して行きそうで。

俺にはそれが、その感覚が、怖かった……。





 「ねぇ、まことくん。」

突然。

彼女が突然、静寂を破った。

俺はその呼びかけに、ふっと、彼女の方を見る。


……目が、合った。




 「昔、さ。一緒にお祭りに行ったときのこと………おぼえてる?」

彼女は唐突にこう尋ねる。

「え……行ったことは覚えてるけど、そこまで詳しくは……」

「うん、ずっと、前のことだもんね。」

静かに頷く彼女。

「けど、わたしはおぼえてるの。」

少し首をかしげて、こちらをじっと見ながら、続ける。


「あの時……わたしがヨーヨーがつれなくて泣いてた時。まことくんが、それを見て、ヨーヨーをひとつ、取ってきてくれたんだ。」

彼女は手元のヨーヨーを触っている。何度も、何度も、確かめるように。

「すごくうれしかった。」



 彼女はその言葉の一つ一つを、とても大事な想い出を大切に取り出すように、話した。

だが俺は、彼女の言うその“祭りの想い出”を全く思い出せないでいた。

こんなに彼女の記憶に残っていたのに。

彼女の想い出の中の出来事を自分が何も思い出せないなんて…。


「だから、それからね。」

彼女はまた、口を開く。

「わたし、まこと“ちゃん”から、まこと“くん”に呼び方を変えたの。」

「え……?」

「“ちゃん”なんて、女の子を呼ぶみたいに呼んじゃダメだって、思って。ちゃんと男の子だって、思ったから。」


俺は言葉が出ない。

相槌の言葉さえ、出てこなかった。

そんな、そんなことを彼女が思っていたなんて。

俺は、俺は………。




 「まことくん、いつの間にか、“のんちゃん”って呼んでくれなくなったね。」

彼女は、少しうつむき加減になっていた俺の顔を覗き込むように、言った。

俺はハッと、顔を上げる。

「え……!」

「えへへ、変なこと言って、ごめんね。」


彼女は少しはにかんだように笑う。

だが、スッと、その微笑みが抜け落ちて。

いつになく真剣な、どこか寂しそうな表情をして、彼女は続けた。

「実はちょっと、気になってたから………。」

「…………そ、そんな、気にしなくても、よかったのに」


苦し紛れだった。

彼女がこんなこと、気にしているなんて、思ってもいなかった。

自分はただの幼馴染で。

ただ家が近いだけで。

たまたま親同士が仲が良くて、昔一緒に遊んでいたことがあっただけで、後はただのクラスメイトで、俺が一方的に気にしていて、それで…………。


「わたしね。」

彼女は言う。

もう思考が焼き切れてしまいそうな俺に、言う。

「ずっと、まことくんに、さけられてると、思ってた。」

「そ………!そんなこと………!!!」

俺は思わず声を荒げた。

そんなこと、あるわけがなかった。

俺は、俺は、ただ……。


「けど、思ってたの。ずっと話してくれないし。せっかく会っても、すぐどこかにいっちゃうし、さけられてるとしか、思えなかった。」

彼女の寂しそうな顔。

何かを思い出して、辛いとでもいうような表情。

だが、次の瞬間、その表情がぱっと晴れた。


「だからね。今日、誘ってくれて、すごくうれしかった!お祭り、すごく、楽しかった。一緒に逃げたりして、…………うれしかった。」




 彼女は、俺を、見詰める。

真剣な、憂いを帯びた、表情で。

じっと。

融けてしまいそうな程、しっとり潤んだ瞳。

視線と視線が絡まって、動けなくなる。


彼女の呼吸が聞こえる。

俺の呼吸は、止まる。

俺は、思考が、四肢が、麻痺する。



「ねぇ………なんで、のんちゃんって、呼んでくれなくなったの……………?」





 熱い。

あつい。

アツイ。

体が内側から熱で解かされていくようで。



「それは……」

“キミのことを気にし始めたから”


「それで………」

“ただそう呼ぶことが恥ずかしくて”


「だから…………」

“どうしても、そう呼べなかったんだ………。”




 声が出ない。

喉が熱い。

つっかえてしまう。

伝えられない。

怖い。

俺は………。




「だから………?」

彼女は、言った。

俺を、さらに見詰めた。

俺はその瞳の奥に、ぐっと、引き込まれ。

飲みこまれ。


さらに内側の熱が温度をあげて、俺の思考を、焼き切った。




「俺は……………!!!」







『マコトとは、冬までの付き合いって契約してるんだから。』



突然だった。

切れた思考の片隅で、原野唯陽の声がした。




 俺はその幻聴に、目を見開く。

あふれ出していた勢いが、止まる。

俺は。

もしここで谷口さんにこの言葉を言ったら。


……冬までの契約は、ここで、終わり?







 次の瞬間。

ドーーーーーン!!!!!

俺たちの頭上で、大きな音が鳴った。

一気に空が明るくなるのと同時に、ドッと大きな歓声が沸く。



 俺たちは、ハッと我に帰って、まるで跳ねるように同時に、その場に立ちあがって上を見た。

頭上には次々に花火が上がっている。

俺は慌てて腕時計をみた。

時刻は20時40分。

気がつかないうちに、とてつもなく長い時間が過ぎていたのだ。



 師匠の話していた派手な演出。

それは、祭りの最後にあがる、この花火のことだった。

“花火は男女のムードをいい方向へ持って行く”と師匠は語った。


だが。

今の俺達にとって、この花火は、ただの“ぶち壊し”でしかなかった。



「………花火、綺麗だね。」

俺は、ぽつりと言った。

「…………うん。」

谷口さんも、ぽつりと答えた。




 もう、切り取られたような空間は壊された。

二度と、戻らない。



俺たちはただ、その場に突っ立って、花火を眺めた。







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