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Contrast  作者: WGAP
4."Odd August"
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4."Odd August" -c4 『露店』

-c4『露店』




 矢吹清彦。

俺はあんなに気前が良くて、友達思いで、お調子もので、ムードメーカーで、……それでいて、最高にタイミングが悪い男を他に知らない。

なんなんだ、アイツは。舞ランの時といい、今回といい、あまりにタイミングが良い……いや、悪すぎる。

ここまで行動がかぶってしまうと、もう『読まれている』としか思えなかった。



 もしかしたら、今回ばかりは師匠の読みが浅かったのかも知れない。

相手はあの矢吹だ。

あの“THE お祭り男”が、近所で行われるこんな大規模のお祭りに、一日行ったくらいで満足するはずなかったのである。

甘く見すぎていた。

そもそもあいつは……




 「ねぇねぇ、まことくん!次、あそこの店をみてみない?」

「…!!」

俺の思考は、谷口さんの声によって現実に帰ってきた。

慌てて言葉をつなげる。

「…あ、う、うん。そうだね、行こうか。」


……いけない、なにをしているんだ俺は。

矢吹などに時間を割いて考えている場合ではない。

今、この一分一秒が貴重な一瞬。

まさに正念場なのだ。

とにかく、目の前のお祭りに集中しなくては。

俺は口の端をギュッと横に引いて、気持ちを引き締めた。




 谷口さんは先ほど買った綿あめを少しずつ口に含みながら、楽しそうに俺の斜め前を歩いている。

お祭りはやはり大盛況で、どこもかしこも“人”で埋め尽くされている。

その中にはやはり鷹尾高校の生徒も何人か混じっているようで、時々人ごみの中にクラスメイトの顔が見えたりして、俺をヒヤヒヤさせた。


帽子をかぶってきてよかった……何度そう思ったことか。

俺は陽翔さんに心の中で感謝する。これのおかげでうまい具合に顔が隠れて、今のところ、俺は知り合いに気づかれることもすれ違う人に二度見されることもなく、平穏に過ごしていた。



 時刻は19:40。

お祭りに入ってから結構な時間が経っていたが、まだ露店をすべてまわり切れていない。

この人の多さと敷地の広さでは仕方ないかも知れないが。

そしてそのおかげとおそらく師匠の尽力もあり、まだ矢吹とは一度も出くわしていなかった。



 「みてみて!これ、手造り雑貨なんだって。かわいい!」

露店に行きついた谷口さんは本当にうれしそうに、並んでいる品物を見ている。

俺はそれだけで心がほっこりしてくるようだった。

正直、ほとんどが最初のプランの通りになってはいない。

谷口さんが見たい所を見て、雰囲気を壊さないように動いていたら、いつの間にか時間が経っていた。

『楽しい時はあっという間に過ぎる』。

この言葉の意味が、今ならとてもよくわかる。



 「ねぇまことくん、昔お祭りにいっしょに行ったときも、こんな感じのお店があったの覚えてる?」

雑貨をひょこひょこ見回りながら、谷口さんが言った。

「え……そ…うだったっけ……?」

……正直、俺は全く覚えていなかった。

なんせ、もう十数年前の出来事である。

「うん、そう!」

谷口さんがうふふと笑って、半歩ほど下がって店を見ていた俺の所に戻ってきた。

なんとなく二人で、歩き始める。


「そこで、わたし、かわいい布で作ったドングリのブローチを買ったの。このくらいの」

彼女は指で丸を作って大きさを示す。

500円玉くらいの小さな丸。

「今でも、それ持ってるんだよ。わたし。」



 彼女はそこで一度言葉を切ると、少し黙った。

何かためらい事があるかのように。

あらゆる音たちだけがあたりに響き、時間を埋めていく。

だが、しばらくして。ゆっくり、耳を澄まさなければ掻き消えてしまいそうなくらい小さな声で、谷口さんは言った。

「この前貰ったガラスのオルゴールと一緒に、かざってるの。」



 俺は自分の横の浴衣姿の彼女を、見る。

薄明かりの中、彼女と目が合った。

俺の肩くらいの位置からの、視線。

露店のオレンジ掛った明かりに照らされてキラキラ光る、ガラス細工のような、丸いどんぐりのような、瞳。

俺はそれに、それに、ふぅっと、吸い込まれそうになる………。




 ……だが。

突如彼女は、ふいっと視線を外してしまった。

「あ、あ……!見て、ヨーヨー釣り!あれ、やりたいなっ!!」

表情は見えない。

だが、なんだか高いテンションで、ヨーヨー釣りの屋台に向かって駆けていく。

俺はなんだか、さっきの状況が失われて残念なような、だけどどこかほっとしたような複雑な心境のまま、その後ろ姿を追った。




 ヨーヨー釣りの屋台は、なかなかの盛況ぶりだった。

小さい子供が多い中、カップルと思われる男女の姿もちらほら見受けられる。

仲良く彼氏と手をつないで、ヨーヨーにこよりを垂らす彼女。


………もしかしたら、もしかすると。

俺たちも、そのうちのひと組として見られているのかな。

ふと、そんな考えが頭をよぎる。

そう思うと俺は、もう顔から火が出そうなくらい恥ずかしかったのだが、同時に、なんだかくすぐったいような、嬉しいような気持にも駆られた。



 「実はわたし昔から、こういうの苦手なの。金魚すくいとかもそう。」

こよりをもらってきた谷口さんは、しゃがみ込みながら言う。

「すぐ糸が切れて、だめになっちゃう………」

俺は、彼女の後ろから覗き込むように、その様子を眺めた。

俺は昔からヨーヨー釣りが好きで、なかなか得意でもあった。

幼いころは夏祭りでもよくヨーヨーを何個も獲得したものだ。

少し上方からのこの位置は、皆の手元がよく見えて、様子を見るには持ってこいのポジションだった。



 いきなり背後に立ったことで驚いたのか、ちょっとこちらを伺ってから、直ぐに下に視線を落とす谷口さん。

目の前でふわふわと揺れるお団子頭。

彼女の手元がかすかに、ふるえていた。

それを見て、俺は思わず言う。


「力………抜いた方が、上手くいくかも知れない。」

「え………?」

驚いたのか、びくっと身体を震わせて、こちらをふっと見上げる谷口さん。

「手元が震えるから。力……抜いて、ゆっくり下に落ろしていく感じが、いいと思う。」



 俺のその言葉に呼応するように、視線がぶつかる。

だが、彼女はそれをまたすぐにそらしてしまう。

次の瞬間には、それはもうしっかりと、手元を凝視して。

「わ……わかった。がんばる。」

と、小さな声で言った。



 谷口さんは、ふーっとひとつ息を吐くと、そーっと、こよりを下におろしていく。

俺はその様子を後ろから眺める。

そーっとそーっと、静かに。

こよりの先につけられた針金が、水面を揺らす。


「水……あまり水にこよりをつけたら切れてしまうから………表面の輪ゴムをひっかけるような……感じがいいと思う。」

俺は後ろからまたひとつ、言う。

谷口さんはうんと小さく頷く。

浴衣の右袖を左手で掴んで。

そして彼女は、正面より右手にあった、藍色ヨーヨーのゴムに針金をかけた。




 「………やった!!とれたよ!!!」

それをそーっと持ち上げて、彼女は歓喜の声を上げた。

「はじめてとれたよ、まことくん!!」


俺を見上げ、とびっきりの笑顔を向けてくれる。

大きな瞳を人懐っこく細めて。

俺はその太陽のような表情に、魅入る。

あたりに花が咲いたような、もしくは光が舞い降りたような、そんな雰囲気。

柔らかい、本当に柔らかい春の日差しのような。

俺はその暖かさに包まれて、思う。


ああ、こんなことで、こんなに喜んでくれて。

本当に、なんて、この人は……。





 ……そんな、時だった。

「………あれ、谷口さん?」


俺の耳が。

絶対に出会いたくなかったあいつの声を。

確かに、彼女の名前を呼んだあいつの声を、とらえた。


「なんで谷口さんがいんの?!え、てか、谷口さんもこっちのお祭りに来てるなんて、オレっち知らなかったぜー!!」

「え、矢吹くん…?」

顔をあげてその人を確認した谷口さんは、細めていた眼をまんまるく見開いて、言葉をもらす。



 俺は顔は上げずに目だけを動かした。

前方から、人波をかき分けるように、矢吹がこちらに向かって手を振りながらやってくる。

横に並んでいるのは、なんだか不機嫌な様子の知らないお姉さん。後はよく見えないから分からない。

幸い矢吹は、帽子と顔を下に向けていたおかげか、俺を確認できていないようだった。





………だから、俺は。


「え?!まことく……?!」

「あれ、谷口さん?!」





谷口さんの腕を掴んで、逃げた。

人混みに紛れるように。

進んだ。

進んだ。



矢吹がいない方向へ。








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