4."Odd August" -c3 『道中』
-c3『道中』
大田駅からすこし外に出ると、あたりはもうすでに祭りに行く人、祭りから帰る人でごった返していた。
いつもはどちらかというと閑散とした雰囲気であることを思うと、鷹尾祭りの盛況ぶりがうかがえる。
「お母さんにね、今日はクラスのお友達とお祭りにいくっていってあるの。」
祭り会場へ向かって歩みを進める最中、谷口さんが言った。
「え……あ、そうなんだ」
「そう。お母さんに『まことくんとお祭り』なんていっちゃうと、なんだか面倒なことになる気がして。」
ちょっと悪戯っぽく笑う谷口さん。
確かにその通りだった。
我が中澤家と谷口家は母親同士の仲が大変良い。
どちらかに噂話が知れると、もう片方には確実に筒抜けになると思った方が正確なのである。
俺は母さんに、ただ『用事』とだけ言って外に出てきていたため、谷口さんのこの機転はとても有難かった。
「確かに……面倒だろうね」
俺も同意する。
谷口さんがうふふと笑う。
「そうなの。『まことちゃんとお祭り何てどうしたの!!』とかとか。ぜったい、いわれちゃうだろうなって。」
「……え、まこと“ちゃん”って………」
……『まことちゃん』という呼び名は、俺が幼稚園の時によく使われていたものだった。
おばさん、まだその呼び方なんて……。
俺は何とも言いようのない気持ちに駆られる。
「ちいさい頃から使ってるから、まだその呼び方がぬけないみたい。」
谷口さんは可笑しそうに笑って、言う。
「もうわたしたち、16歳なのにね。」
谷口さん一家が俺の家の前に引っ越してきたのは、俺たちが3歳の時のことだ。
俺はその頃まだ幼すぎたためか、出会いの時の記憶はほとんど残っていない。
気がつけばお向かいの“のんちゃん”とはよく一緒に遊んでいた。
それから、13年という長い年月が流れ。
俺は気恥ずかしさから“のんちゃん”とは呼べなくなり、谷口さんももう俺のことを“まことちゃん”とは呼ばなくなった。
…そう言えば、谷口さんが俺のことをちゃん付しなくなったのは、いつからだったのだろう……?
「あ!みてみて、まことくん!」
俺のことを“まことくん”と呼んで、彼女は、はしゃいだ様子で前方を指す。
「きっとあそこだね!うわぁ、思ってたよりおおきい!!」
駅からの直線の道を道なりに進み、左に折れた所にその広場はあった。
土地は我が鷹尾高校のグラウンドが悠に二つは入ろうかというほど大きく、遠巻きにみても人でごった返しているのがうかがえる。
俺もここまで規模が大きいとは予想していなかったので、思わず、
「……これはすごい……」
とつぶやいた。
「もしかして、まわりきれないかもしれないね…?」
エントランスに向かって歩みを進めながら、谷口さんが俺に言う。
首をかしげて下から覗き込むような仕草。
俺はその様子にノックアウトされそうになるのを必死で押さえながら、何とか答えた。
「え、あ……あれだ、面白そうなのだけ、回れば何とかなると、思う……よ。」
谷口さんは、
「そうなんだぁ、よかった!」
と言ってニコッと笑う。
その表情に、また、俺の心臓が大きく跳ねる………。
………と、同時だった。
ヴーーヴーーヴーーと、俺の携帯がいきなり、勢いよくバイブレーションを始めたのだ。
「え?!ちょ……ちょっと、ごめん」
俺は慌ててジーンズのポケットに入れていた携帯を取ろうとする。
師匠だろうか。
何かあったのか?
……て、始まってもいないのにいきなり緊急事態か……?!
「メール?だいじょうぶだよー。」
谷口さんは朗らかに言う。
俺は谷口さんに「ご…ごめん」としどろもどろで断って、焦りで携帯を何度も落としそうになりながら、何とかメールを開いた。
案の定、メールは師匠からだった。
『計画が失敗したみたい。何故か会場に矢吹が出現。こっちはあたしが何とかするから、彼女には悟られないように。幸運を祈ります。』
俺は、自分ができる精一杯の無表情で携帯を閉じ、それをまたポケットにしまった。
谷口さんが首をちょっとかしげて言う。
「だいじょうぶだった?」
「………うん、大丈夫、OK、まーったく問題ない…。」
…これらが全て、自分に言い聞かせる言葉だったことは秘密である。