4."Odd August" -a8 『高低』
-a8『高低』
まだ送ってから2分と経っていないのに、メールの受信を知らせた俺の携帯。
普段メールをしないので分からないが、もし、谷口さんからの返信だとするならば、これ。
……ちょっとタイミングが早すぎないか?
「え!返事来たんじゃないの?!」
「よかったねセイくん!よかったよかった!!」
余りの早さに戸惑いを隠せない俺を差し置いて、原野さんと陽翔さんが盛り上がる。
ちょっと待て、メールの返信速度って、みんなこんなものなのか…?!
それとも、…残念なお返事だから、こんなに早いのか…?
頭の中を杞憂がグルグルと回って、俺のテンションを下げる方向に引きずっていく。
だが、テンション絶賛上昇中の二人がそんな俺の変化に気がつくはずがない。
原野さんなんて手の中の携帯を開いて、メールを見ようとしだした。
「ちょ……!ちょっと待ってください!!!」
俺はそれを全力で止める。
……この行動には焦った。
「え、なによ、早く確認しないと」
「さ……さすがにそれは、自分で見たら、駄目ですか……?」
「そうだよ!それは駄目だよ!まったくユウヒちゃ」
「あぁもう兄うるさい!!分かったから!!!!」
勢い余ったのか、陽翔さんの頭をバシッと叩いて、原野さんは俺に携帯を差し出した。
「はい!どうぞ、もうバシッと確認しちゃって!」
俺は携帯を、恐る恐る受け取った。
開く。
待ち受け画面に表示された、『新着メール1件』。
一つ深呼吸。
メールの受信ボックスを開く。
一番上には『谷口 和』の文字。
跳ねるように鳴りだす心臓。
おそるおそる決定ボタンに指をかける。
ああ、もう、見たくない。
周りで、師匠と陽翔さんが静かにこちらを見守っている。
俺は、ぎゅっと目をつむって、それを押した。
「………………。」
…………薄眼を開けてみた。
携帯の画面には。
『 行く!^□^ 』
という、文面。
「よかった!!!」
「おめでとう、セイくん!!」
二人の声が同時に響いて、張りつめた空気が解放された。
ストンと気が抜ける俺。
まだ頭の中で血が巡っている音がしたが、それと一緒に、体中に安堵感と幸福感が巡り行く気がした。
「いやあ、まさか誘いのメールを送るだけでここまでドキドキするとは思わなかったわ!」
ひとしきり騒いだ後、元の位置に戻ってきてまたアイスを口に運ぶ原野さん。
もう4個目のカップも底をつこうとしている。
「もう、分かってないなあ、ユウヒちゃんは。男の子が女の子をデートに誘う時は、いつもこんなドキドキの緊張感なんだからね!」
陽翔さんは、いつにもましてルンルンと嬉しそうに、鷹尾祭りのパンフレットを眺め始めた。
「鷹尾祭りは鷹尾市民ならみんな毎年楽しみにしているお祭りだからね!楽しみにしているといいよ!」
俺はその言葉に心からの笑顔で応える。
すっかり安心して気が抜けてしまった。
頭の中がほわほわとしていた。
そんな良い心地の中をふわふわと漂いながら、俺はぼんやりと考えた。
そうか、谷口さんとお祭りかぁ……。
そんなの、幼稚園の時くらい振りだ。
ちゃんと緊張しないで話せるだろうか……お祭りって、どんなことをすればいいのだろうか……。
あ、そこは師匠がばっちりプランを立ててくれるんだっけ。
俺は陽翔さんの言葉を反芻する。
『鷹尾市民ならみんな毎年楽しみにしているお祭り』……。
どんなのだろう。
盛り上がるのかな?
けど、そういえばどんなお祭りなのか原野さんに聞くまでは知らなかったな…。
鷹尾高校なら鷹尾市民も多いだろうに……。
いや、けど、矢吹…そうだ、矢吹は鷹尾市民のはずだ、どうしてあいつから聞かなかったのかな……。
……あ、そうか、学校が休みだったから矢吹と話す機会が無かったんだ。
なるほど、あんなお祭り男が、そんな大きな祭りのことを話題にしないわけないからな。
あいつも楽しみにしているのかも………え?
いや、ちょっと待て。
……ちょっと待て???
俺は、良い心地サーっと引いてくのを感じた。
なんで忘れてたんだ……あいつも、鷹尾市民じゃないか……?!
「あの………原野さん」
「なにー?今、続きの返信しちゃう?」
軽く答えてくる原野さん。
俺は、今までの努力が無駄になってしまうかもしれない、この事を、口にした。
「あいつ……矢吹って、鷹尾祭りに来るんじゃないですか……?」
彼女にも、この一言だけで十分すぎるほど十分、伝わったらしい。
原野さんの動きが、止まった。
あー、どうしようかなぁ。
これはやばいかもしれない。