4."Odd August" -a7 『送信』
-a7『送信』
「あのね、マコト。この中だったら、最後の案が一番シンプルでいいと思うのよ。」
ルーズリーフを熟読した後、原野さんは俺にこう言った。
「え、最後のって……あの凄く短いやつですか?」
「そう。ぐだぐだ長文を書くより、さっぱり仕上げてしまう方が読むほうも分かりやすいわ。」
「……なるほど。」
同じことをちょっと前にも聞いたような気がする。
それに、最後の文章って、一番適当に書いたやつなのに………。
分からないものだ。
「よし、そうと決まれば、早速メールを送るわよ。」
アイスカップの蓋をあけながら、さも当然のことのようにこう云う原野さん。
「え?!ちょっと待ってください、今ですか?!」
心の準備をしていなかった俺は、いきなりのことに慌てた。
い……今から、谷口さんにメールするなんて…!
もう凄く長い間、メールなど送っていないのに!!
今、なんて………。
心拍数が異常なくらい跳ね上がって頭の中がかあっと熱くなってくるのが分かった。
だが、原野さんはいつも通り、シレっと返してくる。
「そうよ。最近の高校生の夏休みは忙しいんだから!早めに押さえとかないと。」
「え……」
原野さんから『最近の高校生の夏休みは忙しい』なんてフレーズが出るとは思わなかった。
「それに。」
原野さんはここで一呼吸置くと、ぐっと身を乗り出してくる。
「貴方、今ここで私が送信させとかなかったら、ずっとしない気がするもの。」
………図星である。
「だから、今!はい、携帯を出す!!」
俺の目の前でパンッ!と手をたたくと、原野さんは元の位置に収まり、またアイスを食べ始めた。
こうなってはもはや逃げ道は無い。
俺は頭がくらくらするのに耐えながら、鞄から携帯を取り出すと、机の上のルーズリーフに書かれた原案を見ながら、メールを作成し始めた。
『こんにちは。もし暇だったら、一緒に鷹尾祭りに行きませんか?』
………本当にこんなのでいいのだろうか。
「分かりやすくていいと思うよー?」
今では俺の隣に来て座っている陽翔さんが、朗らかに言った。
「……そうですか?」
「うん、大丈夫。それなら相手も誘いを受けやすいし、断る時も断りやすいわ。」
師匠も応じる。
俺はその言葉に、断られた時のことをふと想像した。
………あ、やばい。悲しすぎる。
「あの……やっぱり送らないとダメですか……?」
「駄目ですね。」
失敗した時の恐怖に負けた俺の発言を間髪入れずに却下する師匠。
それどころか。
「はい、もう今送っちゃいましょう。」
なんて言って俺の携帯を取り上げて。
「そうしーん」
………………メールを、送って、しまった。
「……………ああああああああああ!!!!!!!」
思わず叫んだ。
ビクッとする原野さん。
「え?!なに?!」
「ど、どうしてそんなことするんですかあああ!!!!」
「え?!」
「そうだよユウヒちゃん!今のは酷いよ!残酷だよ!!」
「え、え、」
「お……俺にだって心の準備とかあったのに……」
「そうだよユウヒちゃん!男心を分かってないよ!駄目だよ!」
「ちょ…!ちょっと、悪かったって、えっと、ごめん……」
「ごめんで済んだら警察はいらないよユウヒちゃん!!」
「あ~~~もう!いいから兄は黙ってて!!!」
原野さんも叫んだ。
俺はもはやショックで声も出ない。
陽翔さんはそんな俺の代わりをしてくれているのか、まだ「駄目だよユウヒちゃん!」と野次を飛ばしている。
………そんな時。
ぴぴぴぴ!
原野さんの手の中の俺の携帯が、鳴った。