4."Odd August" -a6 『作成』
-a6『作成』
「貴方ね、流石に誘うところから私が面倒見ないといけないとは思わなかったわよ。」
師匠の呆れ声が心に突き刺さる。
「ほ……ほんとすみません……」
「次からは一人でやってもらうからね!」
「はい……」
「分かったらさっさと手を動かす!!」
「え、あ、はい!」
俺は慌てて手元のルーズリーフに集中する。
原野さんは俺の目の前で腕組みし、ついさっき台所から戻ってきた陽翔さんは後ろでクスクス笑いながら本を読んでいた。
手元のルーズリーフには俺がさっきからやっとのことで絞り出している文章が並んでいた。
俺は今、谷口さんをお祭りに誘うためのメールの原案を書きだしているのだ。
本当は携帯で作っても良かったのだが、携帯のタイプだと思考が止まってしまうので、紙に書き出すことになったのだった。
「まったく……まだ誘ってなかったなんて……。」
「す……すみません…」
「少しはヘタレも矯正出来てるかと思ったのに……やっぱりまだまだみたいね……。これで冬に間に合うのかしら……。」
師匠がわざとらしくため息を吐く。
「ほんと、期限を夏にしなくてよかったわ……。」
原野さんはまた一つため息をついて、立ち上がり、台所へと消えて行った。
4個目のアイスクリームにでも取り掛かるのだろうか。
「セイくんも大変だねえ。」
陽翔さんが後ろからこそっと声をかけてきた。
俺は振り返り、力なく笑う。
「…はは……ちょっと尻込みしてしまって……遊びに誘ったことなんてないので……。」
「分かるよ。僕も経験あるから。」
陽翔さんがにこりと笑った。
しかしその笑顔は、いつもの陽翔さんのものとは少し違う雰囲気だった。
なんだか、寂しそうな微笑み………。
だが、そんなことを思ったのもつかの間。
直ぐにその笑顔はいつものゆるりとした柔らかいものに変わる。
「ユウヒちゃんはそこら辺の男の心情を分かってないよね!」
「ちょっと、何こそこそ話してるのよ。」
後方から、原野さんの鋭い声が飛んできた。
俺は慌てて視線を台所の方に向ける。
彼女はカウンターに方杖をついて、訝しげにこちらをうかがっていた。
「早く案を書いてしまってね、進まないから。」
「あ、……はい。」
「もう、ユウヒちゃんは容赦ないんだから!」
慌ててルーズリーフに向き合う俺の後ろで、陽翔さんが笑いながら言う。
原野さんはやはり4個目のカップを手に持って部屋に帰ってきた。
「兄は黙ってて!マコトにはこれくらいが丁度いいの!」
「もう、ユウヒちゃんは。せっかくできた男の子の友達なんだから、大事にしなきゃだめだよ!」
「なに言ってるの、兄は。」
原野さんの渋い顔。
またさっきと同じ場所に座った彼女は、こう言う。
「マコトとは、冬までの付き合いって契約してるんだから。」
…俺は。
そう言う彼女に、バッと、ルーズリーフを差し出した。
書きかけていた最後の文章案は、適当に仕上げて。
「原野さん出来ました。」
「え?……なんだ、案外早かったわね。」
ちょっと驚いた様子の原野さん。
ルーズリーフを手に持つと、それを眺め始めた。
「ねえ………、なんだい、『冬までの契約』って。さっきから。」
本を読むのを止めた陽翔さんは、俺の近くまで乗り出してきてぼそっと言う。
俺は答える。
「俺と原野さんが仲良くする期限のことですよ。」
「なにそれ。」
陽翔さんの心底不思議そうな声。
俺は手元に視線を落として、応じる。
「そういう、約束ですからね。」
陽翔さんが首をかしげるのが、目の端に映った。