4."Odd August" -a5 『計画』
-a5『計画』
ネーミングをもう少し考えて欲しいと思ったのは言わないことにして。
俺は7月後半からずっと自分に重くのしかかっていたにも関わらず知らんふりを決め込んでいたこの問題に、とうとう直面しないといけなくなった。
鷹尾祭り。
それは、原野家から徒歩1分の所にあるらしい大きな空き地で行われる、鷹尾市が主催するお祭りのことである。
この祭りは、お盆休みが明けた後の土日に、二日間にわたって開かれる。
敷地が広いためか、鷹尾市中から募った有志団体が模擬店を出したり、ステージでライブパフォーマンスが行われたりするらしい。
まあ、俺はお隣の舞園市に住んでいるので、このお祭りの存在も、概要も、原野さんにこの修業を言い渡された日に見たチラシで知ったのだが。
「このお祭りなら学校から立地的にも離れてるし、鷹尾高校の生徒が沢山集まることもないと思うのよ。」
師匠は言う。
先ほどからテーブルの上にルーズリーフとお祭りのパンフレット、シャーペンを広げている。
「けど………俺も谷口さんも舞園市に住んでるのに、行っても大丈夫なんでしょうか……。」
「大丈夫に決まってるでしょ?観光で有名なお祭りをわざわざ見行く人もいるんだから。」
「………確かに。」
「それに、………あたしはこのお祭りを熟知しているのよ。」
にやりと、不敵な笑みを浮かべる原野さん。
彼女はトントンと目の前に置いてあるパンフレットをたたくと、言う。
「私の経験と、このパンフレットさえあれば、ばっちり素敵なお祭りデートを演出できるわ!」
なるほど、と俺は思う。
確かに、このお祭りは原野さんの家の本当に近所、まさに目と鼻の先で行われるのだ。
原野さんはこの祭りにもちろん小さい頃から行きまくっているだろうし、この広場の立地も、把握しつくしているのだろう。
それは6月に行った舞園ランドでの彼女の様子からも、容易に想像できた。
師匠はシャーペンを持ってルーズリーフの一番上に何やら大きな文字で、『鷹尾祭り デートプラン』と書き付ける。
「まずは、どっちの日に行くか考えないといけないのよ。」
そう言って、パンフレットを開いた。
そこには、二日間のステージの進行表や、簡略化された店の配置図、出店の種類がずらりと記載されていた。
「おっ、二日目は結構派手な演出をやるみたいね。てことは、行くのは二日目で決まりかしら…。」
そう言いながら、ルーズリーフに二日目の進行表を写し始める原野さん。
俺はその前から、ぼんやりとパンフレットを眺めていた。
太字のゴシック体で書かれた『鷹尾市最大のお祭り!鷹尾市民なら楽しまなきゃ損!!』というあおり文句、模擬店の詳細説明、協力している団体の名前たち。
そんなものが、様々な太さの黒いミミズのように見える。
意味内容が全く頭に入ってこない。
「あの………すみません。」
「どうしたの?」
原野さんはルーズリーフから目を離さずに返事を返してくる。
俺にはずっと気がかりだったことがあった。
この計画を実行するためには絶対に通らなければいけないが、俺ができたら通りたくない過程。
コレがあるから乗り気になれないのだ……。
その師匠に言えずにいた不安点を、俺は口にする。
「………やっぱり、谷口さんを………、ほら、俺が、誘わないといけないんですよね?」
原野さんが、ピタッと止まった。
俺は少し焦って、さらに言葉をつなぐ。
「え、えっと……だって、俺、谷口さんにメールなんて、もう……何年もしてなくて、…はい、正直、上手く出来るか、凄く不安で……」
原野さんは無言のままでくるっと首だけ動かして、俺の方を見る。
その表情は、彼女が口を開くまでもなく、『………は?』と俺に語りかけてくるようだ。
そして。
「………は?」
やはり、彼女はそう言った。