4."Odd August" -a4 『充電』
-a4『充電』
原野さんが無類のアイスクリーム好きだという事は、俺が最近知った事実である。
そのアイス好きっぷりといったら、陽翔さんの家に遊びに来させてもらうようになってから、彼女が部屋でアイスを食べていない日はなかったのではないかと思うほどだ。
冗談抜きで、原野さんは細いスティックアイスの詰まった箱を2日で消費する。
そして今も。
さっきまでの不機嫌さはどこへやら、彼女はとても幸せそうに高級アイスクリームを味わっていた。
「いやあ、やっぱりこのアイスは高いだけあって味が違うね!」
ご機嫌である。
原野さんはもうすでに5つのうちの2個をたいらげてしまい、3個目に突入している。
「このバニラの濃厚さが他のとは段違いなのよ!シンプルなフレイバーほど、そのアイスの本来の美味しさが分かるのよね!」
「もう、ユウヒちゃんは……もっと大事に食べたらいいのに…。」
台所から陽翔さんがぼそっと言う。
買い出しの時に買ってきた食材を冷蔵庫に直しているようだ。
その言葉に、原野さんは一瞬だけ黙ると。
「…………いいの。心の栄養にして精神的に充電してるんだから。」
ボソッと言った。
裏にいろいろなものが込められた言葉だった。
彼女の背後に、なんだか黒いオーラのようなものが見えた気がする。
陽翔さんもそれを感じたのか、ひゅっと台所の奥に隠れてしまった。
もくもくとアイスを頬張る原野さん。
それを斜め前に座って見ている俺。
目の前のテレビは高校野球中継を映し出している。
ちりんちりんと、風鈴の音。
テーブルの上にはいつものように、新聞と灰皿。
そう、いつもの……て、あれ?
「あの……原野さん。」
「どしたの」
「この灰皿、どうして吸殻が入ってるんですか?」
いつもはぴかぴかの灰皿が、今日は使われていたのだ。
そう言えば、心なしか部屋の中がヤニ臭い気がする。
原野さんは、「ああ。」と言って俺の方を向き、続ける。
「兄の友達よ……ここに来るとき、すれ違わなかった?」
俺は思い出す。
あの男の人。
陽翔さんからあまりに大雑把な説明しか受けられなかったから全く誰か分からなかったあの人だ。
「陽翔さんの友達だったんですか………。」
「他に何があるのよ?」
……言われてみれば、確かにそうだった。
けど、原野さんがあんまりナチュラルに、あの男の人の言葉に反応を示していたから。
「……原野さんの友達?……とか。」
「はあ?!」
原野さんは思いっきりしかめっ面をすると、俺の方を向いた。
「どうしてあたしが男友達を兄の家に連れてくるのよ!」
「確かにそうですけど」
「本当は貴方だって連れてくるつもりなかったんだから。それに、あたしは基本的に、用もないのに男子とつるまないわ。」
俺は陽翔さんの言葉を思い出した。
『ユウヒちゃんが男の子と仲良くしてるのって珍しいからねえ。』
いくら契約とはいえ、俺がこうしてここにいるのは、もしかしたら奇跡に近いのかもしれない。
「あの人はね、兄の高校時代からの友達で、一時期ルームシェアもしてたの。ほら、話したことあったでしょ?昔は実家にもよく遊びに来てたわ。」
原野さんがアイスを食べ進めながら続ける。
もうすでに、3個目のカップもたいらげられようとしていた。
そうか、陽翔さんの友達だったのか。
俺はふっと胸の奥にたまっていたものが抜け落ちた気がした。
なんだ、原野さんが何だか親しげに返事してるから。
俺はあの時に感じた、何とも言えない焦燥感を思い出す。
俺は、一体、何に焦ったんだろう。
「よし、充電完了。」
3個目のカップが空になって。
それをテーブルに置くと原野さんは、俺の方に向き直り、言った。
「本題に入るわよ、マコト。」
全く違うことを思考していた俺は、慌てて意識を引き戻す。
「本題って………なにかありましたっけ」
「とぼけても無駄。」
原野さんが、にやりと笑う。
その不敵な微笑みに、俺は、原野さんが“師匠”にモードチェンジしたことを感じ取った。
………そして、“本題”の内容も。
「“例の彼女をお祭りに誘うぞ計画”、今から具体的に詰めるわよ!!」