4."Odd August" -a3 『対処』
-a3『対処』
あの後。
何が大変だったって、それはもう原野さんと仲直りすることだったということは言うまでもない。
俺が何をしても反応しない、目も合わせてくれない。
無い勇気を振り絞って話しかけても、尽く玉砕である。
コミュニケーションが取れなければ仲直りなんてできるはずがなかった。
そんなツーンとした態度を崩さない彼女と、どうにもできなくてオロオロする俺。
成す術もなく時間だけが過ぎていく。
もうどれだけ緊張状態が続いたのだろう…という、そんな時。
やっと、やっと……この部屋の主、陽翔さんが帰宅した。
「………ただいま?」
陽翔さんがリビングの扉の陰からひょこっと頭だけ出して、言った。
原野さんはちらっとそちらを一瞥して、また無反応を決め込む。
彼の帰りを待ちわびていた俺は思わず立ちあがった。
「陽翔さん!!」
陽翔さんは俺に向かって、顔の前で手を合わせて『ごめんね』といった表情をする。
俺は首を横に振ってそれに応じると、口パクで状況を伝えようと試みた。
『原野さん、かなり怒ってます。』
このメッセージはきちんと伝わったらしい。
陽翔さんはこくんと頷くと、そろりと部屋の中に入ってきた。
俺もいつまでも立っているのも何だったので、座る。
陽翔さんは原野さんの近くによると、彼女の肩をトントンと叩いた。
「ユウヒちゃん、ユウヒちゃん。」
原野さんは、不機嫌な様子を崩さないままではあったが、陽翔さんの方に顔を向けた。
流石にボディータッチされてまで無反応を貫くわけにはいかなかったらしい。
そうか、そうすれば反応してもらえたのか。
覚えておこう。
「ごめんね、ユウヒちゃん。もう絶対こんなことしないから。」
「…………謝罪ならもう何回も聞いた。」
「うん、分かってるよ。だから、これ。」
そう言って。陽翔さんは体の後ろから右手を出してきて、彼女に差し出した。
手にはコンビニのビニール袋。
原野さんは眉間にしわを寄せながらも、訝しげにその袋を受け取った。
陽翔さんは言う。
「これは僕からのせめてものお詫びだよ。」
袋の中身を覗き込む原野さん。
その表情が、ぱっと、変わった。
「………………いいの?これ。くれるの?」
「そうだよユウヒちゃん。全部ひとりで食べていいよ。」
原野さんが黙る。
何かを考えている。
俺は袋の中身が分からないのでよく分からないが、どうやら彼女の機嫌が直りつつあるようだ。
一体何を買ってきたんだ、陽翔さん。
原野さんは考えがまとまったのか、うん、と一つ頷くと、言った。
「……兄、もう一回謝って」
「ごめん。」
かぶり気味だった。
だが、原野さんはそれで何やら満足したらしい。
また、うん、と頷くと。
「分かった、許す。マコトもさっき沢山謝ってくれたから、許す。」
と、言った。
にっこりと笑う陽翔さん。
俺は陽翔さんのナイスプレイに感謝しながらも、この展開の速さに少し驚いていた。
やはり兄妹。
喧嘩など、何回もしているのだろう。
適切な対処は人間関係を鮮やかに修復する。
『許す』と宣言した原野さんは、何やら落ち着かない様子で、ビニール袋に手を入れて、中に入っていたものを取り出した。
小さめのカップが5つ。
そう、それは。
某ドイツの高級アイスクリームたちだった。
……なるほど、だった。