3."A title of 7" -c7 『提起』
-c7『提起』
「………………。」
「大丈夫ですか、原野さん。」
「………くそう、兄の提案になんて乗らなきゃ良かった…。」
「仕方ないです。罰ゲームの内容を設定したのは原野さんですから。」
「だからって!!そんな、自分が3連敗するなんて思わないじゃない!!!」
夏の長い日が傾いて、オレンジ色の光を投げかけている。
俺たちは陽翔さんの家を後にして帰路についていた。
痛い陽射しはもう引いて、あたりにはベールのような湿気に包まれた暑い空気が漂っている。
原野さんは俺の横に並んで、自転車を押しながら歩いていた。
あの試合で俺が引いたのは、ハートの6だった。
俺の読みが当たったのである。
そして。
俺が上がった後、最初に動いたのは陽翔さんだった。
「ユウヒちゃん!腹筋だよ!」
そう言うなり原野さんに罰ゲーム遂行を命じたのである。
「…えー」
原野さんは抵抗を試みたようだったが、
「ほらー、ユウヒちゃんが言ったんでしょ?セイくん、足持って!」
陽翔さんには勝てなかった。
師匠は若干の抵抗虚しく、腹筋100回の罰ゲームを実行することになったのである。
…そう、しかも三回も。
「けど」
原野さんが腰をさすりながら言う。
「よく分かったわね、私がジョーカーじゃない方のカードを飛び出させたこと。」
「ああ、あれですか。」
絶対の確信があったわけではなかった。
だが“原野さんは真実しか語らない”というちょっとした先入観が、俺の背中を押した。
「確か原野さん、カードを配る時に言ってましたよね、陽翔さんが『ユウヒちゃんのプレーは真面目、裏の裏をかけ』って言ったとき、『兄が裏の裏の裏をかいてくるから結局結果は一緒』だって。」
「…うん、確かにそんなことは言ったけど。」
「てことは、原野さんは裏の裏の裏、つまり裏しかかかないのかな、と。」
「……ほ、ほう。」
「この場合、“裏”はジョーカーじゃないカードを飛び出させるってことですから。」
「…なんだか分かったようで分からない説明ね、それ。」
「…そうですか?」
「……まあそれが実際的中してるわけだし、今回は負けたってことか…。」
原野さんは首をふるふる振っている。
…意識的に俺を見ないようにしているようだった。
よほど悔しかったのかもしれない。
「…まあ、貴方のその推察力をこれからはもっと別の方面に生かしてもらわないとね…」
「え…あ、まあ…はい。」
「もう夏休みに入っちゃったし…例の彼女と、意識して会う機会を設けないと一ヶ月ちょっと疎遠になっちゃうわよ。」
「そ……そうですよね…」
「彼女の行きたい所とか推察できないの。」
……棘がある。
ジト目で見てくる。
…不機嫌だ。
これ以上刺激するといろいろ危険だと直観が察知したので、俺は
「…それができたらこんなに苦労はしていないと思います。」
と言って、誤魔化した。
「……確かにそうよねー…。」
原野さんは棘のある口調を少し緩める。
「何か誘いやすいイベントでも、あるといいんだけど……。」
そう言って、目線を遠くへ投げかける。
端正な横顔が夕日に照らされる。
原野さんの黒い髪に朱色が映り込み、さらにそれを艶やかに見せている。
正面をまっすぐ見ている瞳に斜めから光が入り込み、キラキラと光らせ…。
いきなり。
その切れ長の目が見開かれた。
俺ははっと我に返る。
原野さんが叫んだ。
「これだ!いいのを見つけた!」
少し離れたところの電柱に駆けていく原野さん。
慌ててそれを追う俺。
その電柱には、張り紙。
『鷹尾フェスティバル 8月某日開催!』
「夏祭りよ!これに誘えばいいじゃない!」
張り紙を指さして、彼女は言った。
師匠のこの発言により。
俺の“精神的平穏を謳歌する夏休み”のビジョンは、見事打ち砕かれた。
嗚呼、蝉が鳴いている。
カラスも鳴いているなあ。
などと思考回路が現実逃避を始めて。
この蒸し暑い中、俺は体中からすっと汗が引いて行くのを感じたのだった。
To be continue….