3."A title of 7" -c6 『決戦』
-c6『決戦』
時しばらくして。
かち、かち、かち、と時計の針が動く音。
コオオ・・・とクーラーの風の音。
それ以外に音は聞こえない。
そんな中、俺と原野さんは向かい合って硬直状態を続けていた。
いざババ抜きが始まると。
・・・陽翔さんが早々に一人であがってしまった。
本当に序盤だった。
カードは俺が陽翔さんから引き、陽翔さんが原野さんから引き、原野さんが俺から引く、という順番だったのだが、いきなりはじめの一回目で、俺は見事に陽翔さんからババを引いてしまったのだ。
もともと手札が少なかった陽翔さんはそこからみるみるうちに手札をそろえてしまい、4週した時にはもう、陽翔さんは1抜けを果たしていたのだった。
俺も原野さんも、決して油断したわけではない。
この暑い中腹筋なんて絶対ごめんである。
だがしかし、彼のプレイにはこちらを震撼させるものがあった。
原野さんがさっき言っていたことが身を持って実感できた。
華麗な指さばきによって相手に自分の引かせたい札を引かせ、相手の心理を読み自分の欲しい札を引き取る。
そのようなことが実際に出来るのかは何とも言えないところだが、陽翔さんの強さを見ていると、その手の技術を習得しているとしか思えないのだった。
加えて彼は、微笑みという名のポーカーフェイスの仮面を持っている。
そんな相手に対して心理戦を挑むこと自体、無謀だったのかもしれない。
そんなわけでババを見事に押し付けられてしまった俺はもう必死である。
何とか師匠にババを引かせるべく、ババを角っこに持って行ったり、さりげなくババを原野さんの良くとる所に持って行ったり、様々な作戦を試みた。
だが、それで簡単にババを引いてくれるほど師匠はババ抜きが弱いわけではなかったようである。
それらのフェイントを見事にかわし、次々に手札をそろえて捨てていく。
だが俺も負けてはいなかった。
ババがあるなりにも手札の数を減らし、そして。
残り手札は俺が2枚、師匠が1枚。次は原野さんが引くターン。
もしここで俺の持つスペードの6を原野さんが引き当てたら、そこで俺の負けが確定する。
この決定的な場面で、俺たちは硬直状態を保ったまま向き合って座っているのである。
原野さんがこっちを凝視している。
これはきっと眼力で俺を怯ませる作戦だ。
流石師匠、俺の弱点をよく理解している。
原野さんの読み通り、俺はたじたじに怯む…そう、いつもなら、そうだ。だが、俺だって最近の修行でそれなりには得たものがあるのである。
俺はふうっと息を吐くと、目をつぶった。
もう、小細工じみた作戦は止めだ。
俺は手に持っていた二枚のトランプを地面に平行に並べて置いた。
師匠の目がちょっと見開かれる。
俺は沈黙を破るように、言った。
「どうぞ、選んでくだしあ」
……大事なところで噛んでしまった。
横で陽翔さんが笑いを押し殺している。
…こ…ここで負けてはいけない。
「どうぞ!好きな方を!選んでください!!」
原野さんもちょっと吹き出しそうな顔をしていたが、直ぐに真顔に戻って、トランプを見定める。
「………よし、これだ!!!」
原野さんが右の一枚を勢いよく引いた。
そう、それは。
「よっし!!!!」
俺の喜びの声とともに、カードの中身を見た原野さんが地面にべたっと倒れ込んだ。
彼女はジョーカーを引いたのだった。
「ファインプレーだ、セイくん!」
陽翔さんの歓声。
「カードを地面に置くことでユウヒちゃんの目線押しをクリアにしたんだね!」
そう、俺は地面にその二枚をただ機械的に横に並べていた。
そこに感情の入る余地はない。
手で持っていると、どうしても震えたりして自分の感情が出てしまう。
俺が押しに弱いことは最近の修行でよく理解していた。
だから、敢えて。
俺は感情の入らない方法を選択したのだった。
「やるわね、マコト。」
原野さんが苦い表情をしながら腕を後ろにやってカードを繰っている。
「だけど…ここであたしが簡単に負けると思ったら大間違いよ!」
そう言って師匠は俺の前にカードを付き出した。
それは。
「なっ……!」
それは一般的な扇のように広げる持ち方、だった。
…片方のカードが極端に飛び出していること以外は。
これは、…どういうことだ。とってほしいカード、つまりジョーカーを強調しているのか、それとも、俺がそう考えることを見越して、もう一方にジョーカーを仕込んでいるのか…?
うろたえる俺を見て、原野さんがにやりと笑う。
陽翔さんが「おお!」と小さく漏らす。
俺は軽く下唇を舐めて、また眼をつぶった。
落ち着け。
ここはよく考えるんだ。
きっとなにか、原野さんの心境を読む鍵があるはず…。
俺は思い返す。
記憶を巻き戻す。
何か、何かヒントは…?
そこで。
ピンと。
思い当った。
これだ、きっとそうに違いない。
俺は、カードを引いた。