1."A May-day" -a4 『移動』
-a4 『移動』
さっきの角を曲がっても、もう女子たちには出くわさなかった。
その点には少し安心したが、だからと言って教室まで無事に帰られる保障ができたわけではない。
実際、俺は“学校の廊下”という場所が得意ではなかった。
誰に見られているか分らない上に、沢山の視線や会話が飛び交っている中を歩かなければいけないのだ。
できるなら身体を全面的に隠して歩きたい。
そして、苦手な理由はこれだけではなくて。
「つかさー。お前はどんな気分なんだよ?ずっと聞きたかったんだけど。」
「なにがだよ。」
「なーにとぼけてんだよっ!この!廊下を歩くだけで!女子たちがざわめき黄色い声が飛び交う状況だよ!誠君!!」
矢吹は俺の背中を思いっきりどついてきた。
できれば上手くはぐらかしたかったのだが、予想より高いテンションでの切り返しだった。
あなどれない。
俺は矢吹に『声を抑えろ』の視線を向けた。
気づいたかどうかはわからないが。
そう、それこそ俺が学校の廊下を歩くことが苦手な主な理由だった。
朝教室に向かう時や、教室に向かう時、トイレに行く時でさえ、何故か道行く女子が俺を見て、歓声だったり黄色い声だったりをあげるのだ。
『こっちをちらちら見ながらコソコソ話』など日常茶飯事で、時には取り囲まれたり、現在のように『遠巻きから黄色い声援』の遠隔攻撃を仕掛けたりしてくることもある。
もうこれが小学校の時から続いているので、諦めた。
今ではいかに回避するかを考える一方だ。
今も尚、そのコソコソ話の遠隔攻撃は行われていたりして、俺の意識はチクチクとつつかれていた。
「…俺としてはできたらやめてほしい。」
「あー、なるほど。お前はきゃあきゃあ言われてテンションが上がるタイプじゃないのか。」
「逆だな。テンション下がる。」
「なんだよー!もっと楽しめばいいんじゃね?せっかくモテモテなんだからよ。」
「モテモテじゃないよ…蔭口みたいなものだろ。」
「かーっ!謙遜しちゃって誠君!!思ってもないこと言っちゃって!!」
…本心なんだけど。
「容姿バッチリ!スポーツ万能!!そんでもって、きっとそのクールなキャラクターも人気の一因なんだろうな。」
「別にクールなわけじゃ…」
「ミステリアスっていうのかな。掴みどころがないっていうか…お前からはそういう雰囲気が漂っている。きっと女子もそういう所に惹かれんだろうな。『その瞳にハートを射抜かれましたぁ!』みたいな!お前のモテっぷりは尋常じゃないもんな。まったく!!」
矢吹が人の話をちゃんと聞かずに暴走している。
「人気って…。そんなに良いものじゃないんだけど」
俺のげんなりした顔を見て、矢吹は俺の肩を掴んだ。
ガシッと音がしそうだった。
「いや、人気者っていうのは絶対いいことだ、誠よ。オレはそんな人気者なお前が誇らしいぞ。マジでだ。」
「なんでお前が誇らしいんだよ。」
「とにかくだ。誠はもっと自分に自信を持つべきだな。オレだったらもっとその状況を楽しむけどなー。あーもったいねー!」
矢吹は頭の後ろで手を組んで、またぶらぶらと歩きだした。
俺はその後ろを何となく歩く。
なんだか会話が噛み合っていなかった気がする…。
教室が見えてきた。