3."A title of 7" -c4 『食後』
-c4『食後』
「じちゃクエ7のすれ違い通信、もうやったかい?セイくん。」
「いや、まだですね。」
「あれは是非やったほうがいいよ!知らないプレイヤーと交流できるのが良い!!」
「なるほど。」
「まあだからと言って、ユーザーネームを見られるだけなんだけどね…相手のフィールドに助けに行けたりしたら面白いだろうに。」
「ですね、面白そうです!」
「主人公のグラフィックを自分でカスタマイズできるのもいいよね!物語の幅が広がる!」
「あれは俺もいいアイディアだと思います。」
「自分に似せるのもいいし、好きなキャラクターを作ってもいい。あれは名案だ。…ところで、ユーザーネームは何にしてるんだい?」
「俺は普通にマコトです。」
「“セイ”にすればいいのに。」
「いや…遠慮します。陽翔さんは何ですか?」
「僕はイカロス。」
「…神話のですか?」
「ああ。太陽に向かって翔け続けて、蠟の羽が溶けてしまったイカロス。僕の名前にちなんでいるだろう?」
「なるほど。いいですね、そういうユーザーネーム。」
ご飯を食べ終わって、それから俺たちは、そのまま部屋でくつろいでいた。
じちゃクエトークで盛り上がり始めてもう二時間はたっている。
原野さんはさっきから、机の傍らに置いてあった陽翔さんのものと思われる教科書を読みながらアイスを食べていた。
「ところでセイくん、気になってたんだけど。」
「……はい、なんでしょう。」
「君とユウヒちゃんって、どういう関係?」
「………はい?」
唐突な質問に俺は素っ頓狂な声を出した。
「ど…どういう関係って」
「いやあ、ユウヒちゃんが男の子と仲良くしてるのって珍しいからねえ。」
陽翔さんはにこやかである。
それとは裏腹に、俺は適切な言葉を見つけ出せない。
どう表現したらよいのだろうか。
目が泳ぐ。
「え……えーー、あのですね、まあちょっと助け助けられというか、お世話してもらっているというか」
「ちょっと助けてもらったお礼にね、性格の難を矯正するのを手伝ってるのよ。」
原野さんが助け船を出してくれた。
「ほら…5月に、財布落としかけたって話、したじゃない。」
「ああ!あの時一緒に探してくれたのがセイくんだったのか!」
陽翔さんが目をキラキラさせて驚きの声を上げる。
原野さんはまた教科書に目を落しながらそれに応じる。
「そうそう。今、あの時のお礼してるのよ。」
「そうか…君だったのか、セイくん!」
陽翔さんが俺の手をがしっと握ってくる。
「あ……え!?」
「あの時、実は僕がユウヒちゃんにお遣いを頼んでたんだよ。ほら、君なら知っていると思うんだけど、五月にタッチパネル付き2画面ゲーム機の最新モデルが発売されただろう?」
「あ……はい。」
俺は思い出す。
そういや原野さんと偶然会ったあの帰り道、矢吹とその話題で盛り上がったっけ。
「あの日ね、僕が大学の講義でどうしても受け取りに行けなかったから、ユウヒちゃんにお金を預けてALに取りに行ってもらったんだよ。ALの店主さんが発売前日に特別に取引してくれてね。」
…なるほど、そういうことだったのか。
あの時、どうして原野さんがあんな大金を学校に持ってきていたのか疑問に思ったのだ。
そういう理由なら、2万円という額だったのにも納得だった。
「そうかそうか~、あの時の親切な人が君だったんだね!セイくん!」
「…親切なんて…とんでもないです。」
「なに言っているんだい!」
陽翔さんは握ったままの手をぶんぶん振る。
「まったくの他人の持ち物を一生懸命探してくれる人なんてなかなか居るものじゃないよ!」
俺はぐっとのどが詰まりそうになった。
これもデジャヴだった。
確か、あのファーストフード店で原野さんにも同じようなことを言われたのだ。
この兄妹、見た目も中身も本当に似ている。
「あ…ありがとうございます…」
だが、ここでちゃんとお礼を言えるようになったのは、2か月前に比べて進歩かもしれない。
またしてもゆるりと笑うと。不意に立ち上がる陽翔さん。
俺の手が解放される。
…ちょっとほっとした。
触られていると落ち着かないのだ…どうやら俺、ボディータッチが苦手なようだった。
「いい時間だし、なにかお茶でも入れるよー。セイくん、紅茶は大丈夫かい?」
「はい、好きです。ありがとうございます。」
そう言ってキッチンへ歩いて行く陽翔さんの後ろで、原野さんがまた、ぴりっとスティックアイスの袋を開けた。
…何本食べるのだろうか。
教科書を閉じ、もとあった場所にきちんとそれを積んで、机にたまったアイスのごみをゴミ箱に捨てて机を整頓する。
それがひと段落つくと、ふう、と息を吐いてこう言った。
「じゃあ、そろそろ修行でも始めようと思います。」
「え」
……ここで修行するのか?!
「なになに、修行って!なんだか楽しげじゃないか!」
キッチンから興味津々に聞いてくる陽翔さん。
「兄もやる?マコトのメンタルを強くするための練習なんだけど。」
「あ…あの、原野さん」
「なに?」
「なにも、ここでやらなくても…」
「なに言ってるの。ここだからこそできることがあるんじゃない。」
原野さんはシレっと返してくる。
「いやあ、それは僕もぜひ参加したいなあ!やろうじゃないか!」
ノリノリの陽翔さん。
この後、“陽翔さんと一緒にじちゃクエ”しようとか、思ってたのにな…。
俺の計画は、どうやらもろくも崩れ去ってしまったようである。