3."A title of 7" -c3 『呼称』
-c3『呼称』
「ところでセイくん!」
しばらく食事を楽しんでいると、お兄さんに声をかけられた。
俺はトマトを口に入れたところだったので、一瞬もごもごとなる。
「ふぁ…まことです。」
「自己紹介がまだだったね!まあユウヒちゃんに聞いているかも知れないんだけど。」
「あ…はい、一応聞いてはいます。原野陽翔さん…、ですよね。」
「そう!僕は原野陽翔といいます。陽に翔ると書いて、陽翔。」
お兄さんがにっこりと笑う。
俺もつられて笑う。
師匠は真剣に冷麺を食べている。
「僕のことは是非、“ハルトさん”と呼んでね、セイくん!」
「あ…はい、わかりました、陽翔さん。」
「そうそう!」
陽翔さんは嬉しそうである。
「兄は下の名前で呼んでもらうのが好きよね。」
横から、今まで冷麺を黙々と食べていた原野さんも口をはさんできた。
「そりゃあそうじゃないか!名字呼びなんて他人行儀だと思わないかい?」
「んー。」
原野さんはちょっと考えた様子を見せる。
「あたしはあんまり名前で呼ばれないからなぁ。みんな苗字で呼ぶ。」
「ええ!?誰もユウヒちゃんを名前で呼ばないの?!」
かなり驚く陽翔さん。
その様子に流石に原野さんも驚いたようで、
「い…いや、全員ってわけじゃないけど。けど、あたしはどうも“原野さん”って雰囲気みたいね。」
と付け加えた。
だが陽翔さんはその事実に納得いかなかったらしい。
「ねえ、セイくん。なんでユウヒちゃんは名前で呼んでもらえないんだろう。」
なぜか俺に話を振ってきた。
「…え?あ…なんででしょう。」
「せっかくいい名前なのに…そんなの寂しすぎると思わないかい?」
「あ…はい。」
「漢字の読み方が難しいからかな?まあ僕もユウヒちゃんも漢字に弱いから、クラスメイトにこんな感じの名前の読みの人がいたら絶対正しく読めないと思うんだけどね。」
なるほど、この兄妹、漢字に弱かったのか。
俺は痛く納得した。
普通なら“誠”という漢字一文字で“セイ”とは読むまい。
「…分かります。」
「そうなんだよー。僕的には、もっとユウヒちゃんが自分の名前をアピールしていった方がいいと思うんだよね。」
「なんでアピールしなくちゃいけないのよ。」
師匠が苦い顔をして口をはさむ。
「あたしは別にいいのよ?そんなに呼称にはこだわってないから。」
「またユウヒちゃんはそんなこと言うでしょー。」
陽翔さんは不満げである。
「呼び方って親しみの現れじゃないか。もっと大切にしないといけないよ、ユウヒちゃんは。」
「…そんなものかな。」
「そうだよ!僕はそう思ってる。ところでセイくん。」
「は…あ、いや、まこと…なんですけど」
「セイくんは周りの友達になんて呼ばれてる?名前呼び?あだ名?名字?」
「え…」
俺は考えを巡らせた。
そう言えば、呼称など意識したことがなかったのだ。
今までの友達、矢吹、師匠、…谷口さん。
俺は何と呼ばれている…?
「…ほとんどみんな、名前呼びですね。」
「へえ、なるほど。」
陽翔さんは頷くと俺にまた、シャイニングな笑顔を向けた。
「セイくんは皆に好かれてるんだねえ。」
「…え!?」
「さっきも言ったけど、呼称は親しみの表れだからね。名前で呼ばれるってことは、好かれている証拠だよ。」
俺は今までそんなことを考えたことがなかった。
俺は…好かれているのか?
矢吹から、…谷口さんから。
あ、そういえば、師匠も最近は名前で呼んでくれるな…。
そう思うと、耳に体温が集まっていくのを感じた。
なんだか嬉しくて、恥ずかしいような気持だった。
谷口さんや師匠には絶対に出来ないが、今度会ったとき、矢吹は名前で呼んでやるくらいはしようかな、とちょっと思った。
「…そうなんでしょうか」
「絶対そうだよ!自信持ちなよ、セイくん!」
「…はい。」
「そういや、セイくんはユウヒちゃんのことをなんて呼んでるの?」
「え?」
「仲良しなんでしょ?」
「あ…いや…俺も“原野さん”、です。」
俺のその答えに、陽翔さんは。切れ長の目をこちらがびっくりするほど丸く見開いた。
「なんでセイくんまでっ!!」
悲しそうである。
だが。
陽翔さんはすぐ名案でも思いついたのか、また微笑みを浮かべてこう言った。
「よし分かった、なら、今日からセイくんも“ユウヒちゃん”って呼んだらいいよ!」
俺は思わず口にした麦茶を吹いた。