3."A title of 7" -c2 『訪問』
-c2『訪問』
「いやー、もうずっと待ってたんだよー。」
お兄さんは俺の手を握りぶんぶん振る。
笑顔がシャイニングである。
今日もあの時と変わらず端正な顔立ちで、こう、並べて見てみるとやはり原野さんとそっくりだった。
なんて美男美女兄妹なのだろうか。
だがお兄さん、よく見るとエプロン姿だ。
しかもひよこの。
「ユウヒちゃんったら、もっと早く連れてきてくれたら良かったのに!」
「兄が大学のテストだろうと思って。」
原野さんはそう言いながらもう玄関で靴を脱いでいる。
…あれ、原野さん、お兄さん本人にも“兄”って呼ぶの?
“おにいちゃん”とかじゃなくて?
お兄さんは俺にも中に入るように促すと、自分も中に入り扉を閉める。
「大学のテストなんてちょちょいと何とかなるんだから気にしなくても良かったのに!」
「そうもいかないでしょ……あれ兄―、なに作ってるの?」
原野さんはさっさと中に入り、台所にいったようだ。
俺は靴を脱ぎ始めた。
お兄さんが俺を後ろから追い越して原野さんの入ったところに入っていく。
「冷麺作ってるんだよー。だからユウヒちゃん、アイス食べるのは止めときなさい。」
「えー」
師匠の文句が聞こえてきた。
俺はこんな彼女は見たことがなかったので、少なからず驚いた。
原野さんが怒られている…。
最近お兄さん関連で師匠の意外な一面を沢山見ているような気がした。
「あ、セ……マコト、兄が奥の部屋で待ってって。」
俺が玄関から中に入ると、原野さんが台所から出てきた。
言い間違えそうになったところは突っ込まないことにしよう。
台所の方を見ると、お兄さんがルンルンした様子でお皿を出していた。
俺は原野さんに連れられ、奥の部屋に入る。
部屋はとても明るく、学生の住むアパートとは思えないほど広かった。
地面はマットレスになっておりふかふかで、扉から入って正面の壁には大きな窓がある。
部屋の中央には大きなテーブルと座布団がしっかり三枚。
隅にはテレビ、左手の壁には本棚3つと金属のラック、回転式の服かけや観葉植物なども配置されている。
さっきの台所はリビングと対面式になっていて、こちらから楽しそうに料理の支度をするお兄さんの姿が見えた。
また右側の壁にはさらに引き戸があり、ここにも一部屋あるようだ。
…これはちょっとしたマンションほどの広さである。
「……原野さんの家って、もしかしてお金持ちですか?」
「いやいや。一般家庭。」
原野さんは早々に座布団に座ると、唖然としている俺を手招きする。
俺は気を取り直して座ることにした。
テーブルにはもうコップやお箸が準備されている。
俺は原野さんの後方を回り、扉を正面に見る位置に座った。
俺の左手に原野さん。
机の傍には食卓の準備のためにのけたのか、ガラス製の灰皿やノートパソコン、紙や本、ゲーム機などが積んであった。
「兄は去年の今ぐらいからここに住んでたんだけど、一時期ルームシェアしてたのよ。だから広めの部屋みたい。」
原野さんがお茶を飲みながら解説を入れた。
俺は納得する。
なるほど、そう考えたら丁度いいくらいの広さだった。
「これは、かなり一人暮らしを満喫できそうですよね…。」
「うん、だからあたしもちょくちょく遊びに来てるの。兄も部屋に人を呼ぶのが好きみたいだわ。」
「なになにユウヒちゃん、なんの話―?」
前方から声がした。
顔を上げると、そこには冷麺の皿を器用に三つ持ってこちらにやってくるお兄さんの姿があった。
彼はテーブルにそれを置くと、俺の右手に腰を下ろす。
「特製冷麺だよ!遠慮せずに食べてね!」
「はーい。いただきまーす。」
原野さんがパンと手を合わせて、早速冷麺に取り掛かった。
俺も手を合わせて「いただきます」と言ってから、冷麺をいただくことにする。
冷麺にはキュウリや卵焼き、トマト、カニカマなどが彩よくトッピングされている。
一口ほおばってみると。
「…うわあ、凄く美味しいです!」
思わず感嘆の声が漏れた。
横でうんうんと原野さんもうなずいている。
お兄さんはにこにことした表情をさらに緩める。
「よかったよー!まあ冷麺は簡単だから、誰でも美味しく作られるんだけどね。」
そう言って嬉しそうに、お兄さんも冷麺を食べ始めた。
冷房の心地よい風、程よく射す陽の光、おいしい夏のメニュー。
これが“楽しい夏休み”かと、俺はふと思った。