3."A title of 7" -b5 『暴露』
-b5『暴露』
フランソワ…基、シュナイダー・H・明星先輩。
鷹尾高校二年生。
ドイツ人とのハーフ。
(おそらく)1カ月で11人斬りの達成者。
これが、俺が矢吹から聞いていた事前情報だ。
だが、俺は今、これまでの自分がいかに周りに対しての無関心であったかを改めて痛感していた。
学年は違うとはいえ、どうして。
どうして、こんなキャラの濃いヒトを知らなかったんだ、俺。
「ユウヒサン!ココ何日カ連絡モ取レナイシ、ドウシテイルノカト思ッタデスヨ!」
かなり片言のイントネーションで日本語を話すフランソワ先輩。
この間も王子様オーラは全開。
この短いセリフの間だけでも、身振り手振りのオーバーリアクションである。
外国人ならでは、…なのだろうか。
「あ……はあ。」
それに比べて若干テンション引き気味の原野さん。
ここでこのオーラにあてられないのは流石師匠とでも言うべきである。
…というか原野さん、フランソワ先輩と知り合いだったのか?!
「モウスグ夏休ミダカラ、今日ハユウヒサンヲdinnerニオサソイニ来マシタ!」
…dinnerの発音がやたらと良かった。
いや、それは良いんだけど。
…師匠、dinnerに誘われるなんて、ただならぬ関係じゃないですか!
凄いですよ師匠!
俺は心の中で感服する。
だが、肝心の原野さんは全く反応を示さない。
ただ黙ってフランソワ先輩をまじまじと見ている。
“見つめている”とか、そんな乙女チックな要素が入りようのない視線のやり方であった。
しかしフランソワ先輩はそんなことは気にしない。
「Mein Vaterノ会社ノDas Resturantカラ見エル夜ノDie LandschaftはSehr gutナノデス!ゼヒイッショにニマイリマショウ!」
…何を言っているのか全くわからなかった。
先輩、今度はドイツ語をふんだんに混ぜてきたらしい。
「…えー、あの。」
ここで、原野さんがようやく口を開いた。
今まで一人でテンション高く話し続けていたフランソワ先輩は、「Ja!」と声を出すと、話すのを止めた。
蒼いパッチリした目で、期待感を一身に投げかけながら、原野さんを見つめる。
「あの…ずっと気になってたことがあるんです。聞いていいですか?」
「Ah,so!! ユウヒサンの質問ナラナンデモ答エマスヨ!」
そう言ってまた白い歯を輝かせて微笑むフランソワ先輩。
薔薇オーラも増強。
うっ、これは眩しい。
しかし、やはりそれはうちの師匠にはなんの効果も表わさないようで。
そのまま、対象を観察し何かを検討するような感情のこもらない視線を向けて、言った。
「先輩って、ドイツ人とのハーフですよね?」
「Ja!! ソノトオリサ!」
「じゃあどうして瞳が蒼いんですか?」
「……oh??」
「瞳の色を決める遺伝子の優劣って、確か黒色が優勢で、その他…つまり蒼色とか鳶色って、劣勢なんです。この条件で日本人とドイツ人のハーフを考えたとき、日本人の瞳の色はほぼ100%黒か茶色です。ドイツ人の片親が蒼色の瞳を持っていたとして遺伝子的に考察すると、日本人の親が持っている黒色瞳の遺伝子をAA、ドイツ人の親が持っている蒼色眼遺伝子をaaと置くことができます。ということはつまり、ハーフの子供がもらうことになるのは日本人の親のAの遺伝子とドイツ人の親からもらうaの遺伝子。子供の瞳の色の遺伝子は必ずAaとなって、優勢形質の黒色が表現型として表れるはずなんです。」
ペラペラと。
非常に流暢に、噛むこともなく。
師匠はこの説明を一息で言い切った。
フランソワ先輩はポカンとしている。
…もちろん俺も、ポカンとしている。
原野さんはそう言ってゆるりと微笑み。
「…と、本で読みました。」
と言った。
そして続ける。
「だから、シュナイダー先輩の瞳が蒼色なのって、遺伝学的におかしいなって、ずっと考えてたんです。」
………沈黙。
沈黙が続いた。
フランソワ先輩は、固まったまま動かない。
原野さんも、にこやかな表情のまま動かない。
俺は、この状況が恐ろしくて動けない。
うちの師匠、今、触れてはいけないことに触れた。
絶対そうだ。
俺はそう直感していた。
すべてはフランソワ先輩の強張った顔から察することができた。
先輩はもうすっかり硬直。
王子様感も薔薇オーラも消し飛んでしまっていて、太陽光に晒されたままの白い歯だけが虚しく輝いている。
「おおふ…瞳の色はカラコンでハーフっぽさを醸し出すための演出だなんて言えない…。」
フランソワ先輩が、何かぼそっと早口に呟いた。
…え、なんだか絶対聞こえちゃ駄目なことが聞こえた気がしたんですが……。
それに、何故か今、日本語がかなり流暢になったような気がしたのだが…気のせいかも知れない。
いや、気のせいのはずだ。
キャラづくりを保つのを忘れた、とかではないだろう。うん。
「シカァーーシ!! ソノ聡明サ!! ユウヒサン、私ハマスマス貴女ヲ気ニイッタノデス!! Gefallen!! 諦メマセーーン!!」
そう言って、また例の大きなジェスチャーや王子様感、薔薇オーラを見事復活させるフランソワ先輩。
白い歯も今度はちゃんと自身に満ち溢れた輝きを見せる。
だが。
原野さんはもう一度ゆるりと微笑むと。
「あ、そうそう。先輩のお父さんの会社の夜景が素晴らしいレストランでのディナーの御誘いの件は、丁重にお断りさせていただきます。」
と。
とびっきり魅力的なあの笑顔で、言い放ったのだった。
原野さん、生物だけじゃなくドイツ語も嗜んでいたようである。