3."A title of 7" -b4 『偶然』
-b4『偶然』
「……え?!」
俺は我が目を疑った。
一瞬それが自分の欲求が見せた幻覚かとも思った。
俺は原野さんにじちゃクエの話をしたことはなかったし、もちろん予約表をもらい損ねたことなんて話していない。
なのに、何故かその紙を原野さんが持っているのだ。
彼女から受け取り確認もしてみたが、それは、確かに、間違いなく、例の予約用紙控えだった。
「ど…どうして原野さんが、これ、もってるんですか?!」
「んー…。」
原野さんは頭を掻くと、ふいっと俺から目線を外した。
いつもの師匠には珍しい煮え切らなさだ。
「貴方、ほら。ゲームショップで、大学生くらいの男の人としゃべらなかった?」
「え…」
「こう…ひょろっと縦に長くて、柔和な感じの…。」
「あ、はい…確かにそんな感じの人とは話しましたけど…。」
ど…どうして原野さんにここまで状況が割れているんだ?
俺は少々混乱し始めた。
ALでお兄さんとはなした事は、誰にも話していない。
あの時店内には俺たちと店員さんしかいなかった。
ということは、つまりだ。
考えられる可能性は。
「も、もしかして、あのお兄さんと知り合いですか?!」
導き出したこの問いに、原野さんはやっと、今まで何故かそらしていた視線を俺に戻した。
なんだか苦笑いしているような、恥ずかしがっているような、微妙な表情をしている。
そして。
「あれね、…うちの兄なのよ。」
と、言った。
………え?
「えええええええ!!!!!」
思わず驚愕の声をあげてしまう俺。
お…お兄さん、て!!
どうして、そんな偶然!!!
「いやあ…ね。あたしも見た時、すっごくびっくりしたんだけど…。」
まだ微妙な表情のままの原野さん。
よほど気恥ずかしいのか、指先をいじっている様子がもじもじしているように見える。
こんな師匠、滅多に見られるものではない。
「鷹尾高校の生徒で、舞園市に住んでる“中澤誠”なんて、二人もいないでしょ?」
「そ…それはそうですが…。」
「貴方が帰った後、店員さんが控えを渡すのを忘れてたことに気がついたらしくって。けど貴方は帰っちゃってたから、どうしようかってなったらしいんだけど、兄がそこに書いてあった高校名を見て、ね。」
「はい。」
「妹が鷹尾高校に通ってるからって、引き取ってきたらしいわ。」
「…え?同じ高校ってだけで?」
「……そうなのよ…それがうちの兄の厄介なところでね……。」
原野さんがため息をつき、眉間のあたりに手をやった。
「ちょっとでも自分と関係があることにすぐに首を突っ込んでいくのよ…。今回は偶然知り合いだったから良かったようなものを……。」
確かにそうである。
もし原野さんの全く知らない人だったら、どうなっていたのだろうか。
…この様子だと、今までもそのことで結構苦労しているようだった。
だがしかし、そう思うのと同時に。
「けど……良かったです。これ、もらい忘れていることに気がついて、本当に焦ってたんで………。」
俺は感謝の気持ちでいっぱいになる。
よかった、じちゃクエの予約が無駄にならなくて良かった……。
この件に関しては、いくら谷口さんの件で気が晴れたといえども、心の引っ掛かりになっていたのだ。
これが手元にやってきただけで、心の晴れやかさが段違いに増したのが分かった。
「うん。世の中、狭いわね。」
原野さんもそう言って、ゆるりと微笑んだ。
…なるほど、この笑い方、あのお兄さん(というか原野さんのお兄さん)にすごく良く似ていた。
というか、今思い返せば、切れ長の目も、整った顔立ちも、綺麗と表現するにふさわしい雰囲気も、そっくりだ。
あの時感じたデジャヴはこの事だったのかと、俺は痛く納得した。
「でね。本題はここからなんだけど。」
原野さんの顔を見てしきりに頷いていた俺をちょっと制するように右手を振って、彼女は続ける。
「兄がね、貴方にまた会いたいって言ってるのよ。」
「え…お兄さんが、俺に?」
「貴方のこと気に入ったらしくって。話が凄く合ったとかなんとか。」
「あ、はい。凄く楽しかったです。」
「それに、そんな偶然めったにないから、せっかくの縁だって。」
…なるほど、お兄さんは確か、別れ際にもそんなことを言っていた。縁が合ったら…とかなんとか。
きっと、そういう出会いを大切にする人なのだろう。
「確かに、俺も、凄く縁があると思います。」
「もうすぐ夏休みだし…、私の兄は一人暮らしをしてるし。じちゃクエを持って遊びにおいでってしきりに言ってくるんだけど…どうする?」
…あのお兄さんとまた話すことができる。
今度は最新作を片手に。
これは俺にとってもとても嬉しいお誘いだった。
“師匠のお兄さん”という点が唯一気になるところではあったが、この際、それは関係ない。
俺に断る理由など、何もなかった。
「ぜひ!ぜひ行きたいで」
「…!ちょっと隠れて!!!」
言い終わらないうちに。
俺は原野さんによって後ろに突き飛ばされた。
奥まったスペースに後ろ向きによろける。
原野さんはこちらに向いていた身体を180度回転させて俺に背を向けると、足早に歩いてこのスペースから完全に外に出た。
どうしたんだ、誰か来たのか…?
俺は体制を立て直すと、入口付近の陰に身を隠し、外を伺った。
ちょうど2か月前に原野さんをはじめて見たときと同じような感じである。
すると、程無くして。
「ユ・ウ・ヒ・サァァーーン!!」
独特になまった感じの日本語が俺の耳に飛び込んでくるのと同時に、師匠の前に躍り出てくる姿。
それは、金髪で蒼い瞳をした、一言で形容するならば、“王子さま”のような男子。
彼はあたりに薔薇の花でも飛ばしかねない勢いでフェロモンのようピンク色の空気をばらまきながら、非の打ちどころのない笑顔を原野さんに惜しげなく向けていた。
「ユウヒサーン、逢イタカッタノデースヨ!」
そう言って、彼は白い歯を太陽光に輝かせて、さらに微笑む。
原野さんはその“圧倒的美男子攻撃”にあてられてもひるむことなく、むしろ少しうんざりしたような様子で、こう言った。
「………どうも、シュナイダー先輩。」
なるほど、君の言っていたことは間違いじゃなかったようだ、矢吹よ。
この人は間違いなく、“フランソワ”だ。