1."A May-day" -a3 『遭遇』
-a3 『遭遇』
中学生の時だ。俺は初めて携帯電話を買ってもらった。
向かいに住んでいる幼馴染の女の子が携帯を買ってもらって、それが凄くうらやましくて、母にねだったのだ。
そんなすぐには買ってもらえなかったのだが(…あれは大変な戦いだった)、ようやく買ってもらった携帯で俺はその夜、事前に彼女が渡してくれていたメールアドレスを書いたメモを見ながら、メールを送った。
…つまりは、これがしたかっただけだった。
まぁそれはいい。
しばらくメールして、何となく気分がほっこりして、いつもより早めに眠った。
翌朝。
携帯を見て、俺は真剣に携帯がバグったと思った。
宛先の分らないメールが50件近く入っていたのだ。
それは軽くホラー映画だった。
種を明かせば、その幼馴染が友達にふと俺が携帯を買ったことをメールで話題にしたのがきっかけで、メルアドを無理やり聞きだされてしまって(メールの群れの中にそのことに対する断わりのメールが入っていた)、そこからクラスの女子のほぼ全員にメルアドが流出していた、というだけのことだったのだが、それは俺を『知らない人からのメール恐怖症』にするには十分なものだった。
ただでさえ顔の見えないコミュニケーションは誤解を招きやすいのに、よく知らない人とメール交換とかどうしたらいいんだ、と思っていたのもあったせいで、もうその後ほとんど誰ともメールしなくなってしまって、携帯はただのネットツールになっていた。
そういうわけで、親しくなるまでメルアドはもちろん、連絡先さえも明かさないように心掛けていたのだったが、ああいうパターンは想定外だった。
これは対策を考えないといけない…と思った時。
「おー、誠。急に教室からいなくなったと思ったら先に行ってたのかー。一緒に帰ろうと思ったのによぉ。」
前から声をかけられた。顔をあげると、前髪がつんつん上に跳ねている、見慣れた顔が目に入った。
「あ…矢吹。」
「てか、何してんだよ。廊下に座ったら汚いぞ。」
「休憩だよ。あとつまんないトラウマの回想。」
「あん?虎馬?」
「…いや、いいよ。」
俺は立ち上がってお尻を軽く払った。
確かに汚かった。
ここでもう少し考え事をするのも悪くなかったが、矢吹と出くわした以上、それを振り切ってまでここにいる理由もない。
あの女子三人組を捲いてから適度に時間もたっていた。
「お前は神出鬼没をモットーにでもしてんのか?まさかこんなとこで出くわすとは流石のオレでも思わなかったぞ。」
「反論はできないけど……お前こそなんでここにいるんだよ?ここ帰り道から大分外れてるじゃないか。」
「盛大に迷った。」
「…迷いすぎだろ!」
「だってここの校舎複雑すぎじゃね?入り組んでてよー。ダンジョンかっつーの。」
ははは、と、矢吹は心底楽しそうに言った。
確かに入り組んではいるが…どんな風に遠回りしたらここに出たのか。
これは道に迷う域を超えているような気がする。
この矢吹という男は、俺が高校に入って最初に話したクラスメイトである。
というか、一方的に話しかけられた。
どうやら天性の調子乗りであるらしく、クラス内でもムードメーカー的ポジションを有している。
そんな奴がなぜ俺に話しかける気になったのかは謎だが、一度話して以来、矢吹はひどく俺を気に入ったらしかった。
まず、名前を呼び捨てで呼び、“オレと誠は仲がいいんだぜ!”アピールを周りに繰り返した。
そして俺の鉄壁ガードをたやすく破り、メルアドもゲット。
うむ、あなどれない。
こんな矢吹だが、調子には乗るが悪ノリはしないタイプらしく、人を不快にさせることが(あまり)ない。
だからか、基本人とつるまない俺でもなんとなく気を使わずに付き合うことができた。
…だからといって移動教室まで一緒に行動する約束などをしているわけではない。
うん。
まぁ、出会ってしまったので仕方ない。
矢吹に先導させると危険だということがわかったので、俺は矢吹と一緒に元来た道を戻ることにした。