3."A title of 7" -a3 『投合』
-a3『投合』
ここで、これまでずっと話題の中心にあった、”じちゃクエ”というゲームについて少し説明を加えておきたいと思う。
“じーちゃんクエスト”とは何か?
その実態は、全年齢向けロールプレイングゲームである。
主人公があらゆる危機や困難に立ち向かいながら、魔物を倒したりミッションをクリアしたり、時にはじーちゃんの畑を耕したりと奮闘し、じーちゃんの為にクエストするのだ。
決してじーちゃんがクエストするわけではない。
その斬新なネーミングセンスとストーリーの面白さから、このじちゃクエは発売と同時に大ヒットを記録。
今では日本のゲーム界を代表するタイトルの一つになった。
続編も次々に発売され、今日発売するのは7つ目のタイトルというわけだ。
今回は特に新たな機能を多く搭載しているようで、制作会社のこのタイトルに掛ける意気込みがうかがえる。
俺は、人には話さないのでほとんど誰にも知られていないのだが、無類のゲーム好きだ。そして、そのきっかけとなったゲームがこの“じーちゃんクエストシリーズ”。
新作発売でテンションを上げずして、どこで上げろと云うのか。
というわけで、俺は。
そんな話題を振られちゃったらもう、人見知りにも関わらず食い付いてしまうわけで。
「そ…そうなんですか!!」
「もちろんだよ!今回は不覚にも予約をすっかり忘れていてね…」
「俺もなんです、ばたばたしてて…」
「奇遇だね!」
さらに微笑むお兄さん。
この笑顔は一体どこからやってくるのだろう。
「君はじちゃクエシリーズはどのバージョンから始めたんだい?」
「え、えっと…4からです。ちょうどゲームを始めたのがそのソフトからで…」
「4は名作だね!あれは僕も4、5週はしたな…」
「お、俺もです!!隠しダンジョンとか、出しましたか?じーちゃん家の裏庭の…。」
「もちろんだよ!あれはじちゃクエファンなら基本だよね!」
「…ですよね!けど…あそこのラスボスがなかなか倒せなくて苦戦した覚えがあります。」
「ああ、あそこで苦戦する人は多いみたいだね。だけど、あのボスには弱点があってだね…」
…さっきも言ったが、俺は自分のゲーム好きを他の人に殆ど話していない。
矢吹にはいろいろ聞きだされる過程で話してしまったのだが、アイツは例外だ。
師匠こと原野さんはもちろんのこと、かなり付き合いの長い幼馴染かつ俺の思いの人、谷口さんも知らないだろう。
よって、俺はずっとゲームを一人で楽しんできていた。
こんな風にそのシナリオを人と語ったりすることはなかったのだ。
だから。
俺は、このお兄さんとの会話がとても楽しかった。
好きなキャラクターやシナリオを話せるなんて、初めての経験である。
こんなに、しかも初対面の人と、話すのが楽しいと思ったのはおそらく初めてだろう。この2カ月で多少なりとも気持ちが強くなったおかげもあるのかも知れない。
語り、語り。
話し、笑い、盛り上がり。
瞬きの如く束の間に感じられる楽しいひと時を過ごし。
話もひと段落したところで、お兄さんが勢いよく言った。
「よし、ここまで意気投合したことだし、どちらかが抜け駆けするのも忍びない。もう今回のこのソフトは諦めて、一緒に次の入荷に合わせて予約しておかないかい?!」
「あ、予約ですか!それ、いいですね。」
なるほど、そうすれば確かに確実だった。
直ぐにプレイできないのは痛いが、まあ今日は楽しい会話ができたので良しとしようか。
「是非そうしよう!あの、すみません。」
そう言ってお兄さんはレジに歩み寄り、声をかけるお兄さん。
俺もそれに続く。
レジに座ってこっちを眺めていたのか、店員らしきおじさんがちょっと半笑いで「はい。予約ですか?」と言った。
これは確実に聞かれていたな、と思って少し恥ずかしくなった。
「はい、二人分お願いします。」
そんな俺をよそに、例のシャイニングな笑顔でゆるりと対応するお兄さん。
店員さんは二枚の紙を取り出し、レジの上に置いた。
「ここにご記入くださいね。三日くらいで届きますよって。」
お兄さんに目で促されるまま、俺は先にペンを手に取り、記入を始める。
この予約表、名前と住所、電話番号欄の他に、所属団体名を書く項目があった。
珍しいな…そう思いながら記入していると、後ろからちらっと覗き込んでいたのか、お兄さんがボソっと言った。
「ナカザワ…セイ君?」
「…いや、まことです。」
…もう条件反射的に答えてしまった。
なんだ、今“誠”一文字で“セイ”って読み間違える人が大量発生でもしているのか?
そのまま全欄を記入して、お兄さんにバトンタッチ。
お兄さんは長い体を折りたたむように前かがみになって予約表を書いている。
体の陰に紙が隠れるような感じになっていたため俺は、お兄さんの名前を伺い見ることができなかった。
「じゃあ、僕はここでもう少しソフトを物色してから帰るとするよ。」
予約表を書き、それを店員さんに渡してから。
お兄さんは俺に言った。
「じちゃクエが届くまでの間、暇つぶしするゲームが要るからね。」
「なるほど。確かにそれは必要ですね。」
俺は少し笑って応じる。
お兄さんも、また俺に惜しみなく笑顔を向ける。
「今日はありがとう。話が出来てとても楽しかったよ。」
「お…俺もです。ありがとうございました。」
そう言って軽く会釈をしてから。
俺は、踵を返した。
「また、縁が逢ったら会おう。」
後ろから声が聞こえた。
その声に振り返りまた頭を下げると、店から外に出て。
俺は、どこか充実した気持ちを胸に、帰路に着いた。