3."A title of 7" -a2 『同時』
-a2『同時』
7月13日、土曜日。
天気、豪雨ときどき晴れ。
まだ梅雨が明けていないのか、限りなく蒸し暑い感じ。
現在地、学校付近のゲームショップ。
補修終りに急いでやってきたため、時刻は午後1時を少し回ったところ。
そして。
現在、俺は、困っている。
奥まった場所に位置するゲームショップ『AL』の店内。
こじんまりした小さいスペースの中にゲームソフトはもちろんのこと、ハード、備品なども所狭しと並べられている。
ALは小さい店ながらも品ぞろえが豊富で新作入荷も早いため、この辺りではちょっとした有名店だ。
そこで俺は、“じーちゃんクエスト7”のパッケージを目の前にして、硬直しているのである。
俺の横には大学生のような風貌のお兄さんが立っている。
背丈は俺よりもだいぶん高い。
というか、ひょろ長い。
風が吹いたら折れてしまいそうだ。
顔はよく見えないのでわからないが、彼もまた俺と同じく硬直していた。
俺が困っている理由。
それは、ALに残された最後のじちゃクエパッケージに、俺とこのお兄さんが、同時に手をかけたからだった。
矢吹と話したあの朝から、ほとんどなにも手つかずの状態で学校を終え、学校の最寄駅から電車で一駅移動し、下車した後さらに横断歩道を渡り、歩道に沿って早足でここにやってきた俺。
学校からかなりの距離はあったが、5月と6月でごたごたして、不覚にもすっかりソフトの予約を忘れてしまっていた俺にとっては、近所のゲームショップに行くよりもALに行く方がより良い安全策に思われたのだ。
聞く話によると、学校を休んで買いに行った奴も多いらしかった。
前作もすぐ売り切れて品薄状態になったのだ、いくらALといえども、在庫数には限りがある。
そう思って、できる限り早く学校を出発し、走るような勢いでここまでやってきた…というのに。
新タイトル発売の情報が出てから早1年ちょっと。
致命的なバクの発見やらなんやらで発売日が二度も延期になるという騒ぎもあったが、ようやくこの日がやってきたというのに…!
「えっと…うん。」
おもむろに、現在俺と同じような状況に置かれているであろう、隣のお兄さんが声を発した。
俺は現実に引き戻される。
突然のショックでいろいろなモノがフラッシュバックして、意識が明後日の方向に飛んでしまっていたようだ。
「え!あ…はい。」
「最後の一個だったんだね…。」
お兄さんがこちらを向いて苦笑いをした。
目が合う。
その人は、男性にしては長めの黒髪を後ろでちょっと束ねており、大変中性的な雰囲気を醸し出していた。
格好いいというよりは、綺麗。そう表現するのが正しい。
すっきりと整った顔立ちをしており、言うならば(この表現が男性に当てはまるのかはわからないが)“クールビューティー”と表現したくなるような雰囲気を持っている。
あー、この人はモテるだろうな、と、思った。
……?ん?あれ、なんだかデジャヴ。
なんだったっけ、この感じ。
何か引っかかるものがあったが、今の俺にそこから突っ込んで考えるような余裕はなかった。
お兄さんは切れ長の目を細めてゆるりと笑うと、残念そうに、俺に話しかけてくる。
「仕方ない…ここは、君に譲ることにするよ…」
「え!そんな!!」
俺は申し訳なさで一杯になった。
手をかけたのはほぼ同時だったのだ。
ここで譲ってもらうのは、俺の良心が許さない。
「い、いや、ここは俺がお譲りします。もう、全然構わないんで。」
「そういう訳にはいかないよ…僕にも良心があるからね。」
そう言って手を離すお兄さん。俺も慌てて手を離す。
「い…いや、そんな、俺も譲ってもらう訳には…」
そう言って、俺はソフトから一歩下がった。
ここは本気でお兄さんにソフトを譲るつもりだった。
だが、お兄さんも一歩下がって俺の隣にやってくる。
「君…、僕の見たところでは、相当のじちゃクエファンなんじゃないのかい?」
「え!なんで…!」
驚く俺。
お兄さんはふふふと笑って、続ける。
「いやあ、さっきの君の悲壮な表情を見たら、簡単に察しがつくよ。」
そう言ってより柔和に笑うお兄さん。
俺は恥ずかしさを覚えた。
…というか、もうかなり恥ずかしかった。
この人と話していると、なんだかすごく心の中を見透かされている感じがした。
「…う…は、はい。そうです…」
「やっぱり。すぐわかったよ!」
お兄さんは嬉しそうに笑う。
ゆるり、と。
年齢に見合わない、少年のような無邪気な微笑みで、俺に惜しみない笑顔を向ける。
「だって僕も、筋金入りのじちゃクエファンだからね!」