2."the Sixth sense" -c2 『後談』
-c2『後談』
……危ない、色々とぼろが出るかと思った…。
月曜日の放課後。
今日は昨日とは打って変わって雨降りである。
体のあちこちが濡れて気持ち悪い。
矢吹と別れた俺は、電車で最寄り駅まで出て、傘を差しながら帰路をたどっていた。
昨日はあの後、原野さんが思い出した用事を済ませ、舞園公園駅前で解散した。
次の日の学校なんて考えたくないほど疲労していたが、休むわけにもいかなかった。
というのも、師匠、原野さんから宿題を出されたからである。
本当は、“学校で”と言われていたんだけど…。
俺は苦笑いする。
流石に矢吹が見てる前じゃ駄目ですよ、原野さん。
けど、俺は。
昨日の舞ランでの一件で、少し“踏ん切り”というものがついたらしかった。
…“諦め”とも言うのかも知れないが、ここは前向きに捉えることにする。
ビビりが完全に直ったわけでは決してなかったが、『できない』『無理』だけで終わらせるのが、なんだかもったいないような気もしてきていたのだ。
昨日、あれだけ『できない』『無理』だったことをやった今となっては。
それに今回は、原野さんが言ったから『仕方なく』だけではなく、俺もそうしたいから『自分から』。
少しだけでもそう思ったのは、確かに修行の成果なのだろう。
俺は、家の前にたどり着く。
いつもならそのまま家に直行するが、今日は家に背を向けて。
チャイムを押した。
「…はあい?」
女の子の声。
「あ、あの。中澤です。」
俺は何とかこう言った。
口がどうしようもなく乾く。
インターホンの向こう側の彼女は、
「え!まことくん?!」
と驚いた声をあげると、そのままインターホンを切り。
とととと、と足音がして、玄関の扉があいた。
「どうしたの!?珍しいね!」
眼をまん丸くして驚いた様子で、俺のお向かいに住む、谷口和が現れた。
学校から帰って間もないからか制服姿だった。
「入る?お茶入れるよ!」
ニコニコとこちらに微笑む谷口さんにどうしようもなく緊張しながら、俺は、
「い…いや…いいよ。すぐ、終わるし…。」
と言って。
手に持っていた袋を彼女に差し出した。
「これ…昨日、舞園ランドに、行ったから。……お土産。」
「え!いいの!?」
谷口さんが手を口元にやって、驚いた表情をする。
…可愛らしい。
「ありがとうっ!!すっごく嬉しいっ!!」
俺から袋を受け取ると、彼女は弾けんばかりの笑顔をこちらに向けた。
「開けていい?」
谷口さんの問いに、俺は頷いて応じる。
喉がつまって声が出なかった。
「…わあ!!可愛い!!!」
原野さんがあの時思い出したこと。
それは、谷口さんへのお土産を買うことだった。
俺たちはあの後舞ランのお土産屋さんでその品を選んだ。
小さなガラス細工のオルゴール。
「ありがとう…!すっごく大事にするね!!」
「う、うん…よかった…」
俺はもういっぱいいっぱいだったので、ぺこっと頭を下げるとその場を立ち去ろうと踵を返した。
しかし。
「あ!まことくん、やっぱり帰っちゃダメ!」
谷口さんが、不意に。
玄関から出てきて、俺の腕を。
ぎゅっと、掴んだ。
俺は心臓が跳ね上がる。
思わず体が硬直する。
「…え?!谷口さ」
「やっぱり上がっていって!昨日、ケーキ焼いたの。だから、お返しに。」
微笑む谷口さん。俺は、その微笑みにどうしようもなく心惹かれる。
大丈夫か、俺。
ちゃんとケーキ、食べられるのか…?
しとしとと降る雨も、水滴がかかってじんわりと濡れる肩も、不思議とさっきほど不快には感じなかった。
To be continue….