1."A May-day" -a2 『危機』
-a2 『危機』
この状況はどうにもなりそうになかった。
廊下の角を曲がった瞬間、目の前に女子が三人。
なぜかそれぞれが携帯を握りしめて、俺の行く手を阻んでいる。
五月も半ばにさしかかっていた。
高校に入学し、それなりの受験勉強三昧生活に別れを告げた俺は、ゴールデンウィークも特に意味なく過ごし、なんでもない学校生活を送っていた。
今日は最後の授業が移動教室だったので、今から教室に帰って掃除にでも取り掛かろうかといったタイミングでの、この状況。
…なんですか、この娘たちは。
「あの…えっと……」
ショートカットの子がもごもごと言った。
何故かうつむいていて、表情はよく見えない。
その方が俺にとっては都合がいいが。
「恵美ちゃん、頑張って!」
「チャンスだよ!今しかないよ!」
「え、やっぱり私が言わなきゃだめなの?!」
「そりゃそうじゃん!」
「最初に聞きたいって言い出したのは恵美ちゃんだよ!」
「けど、2人とも携帯持ってる…」
「そら、あわよくば…ねえ?」
「誰だって知りたいんだよ、中澤君のメルアド。」
「じゃあ二人も頑張ろう?!!」
彼女たちだけで盛り上がり始めた。
俺は完全においてけぼりだったが、一連の会話を聞いて大体の状況が飲み込めた。
彼女らは俺のメールアドレスが欲しいらしい。
用途は全く分らないが、そういうことは、要するに、あれだ。
俺はこのままいくと、よく知らない人に連絡先を教えるということになるわけであって、つまり。
そんなの無理。絶対にできない。
そう思ってしまえばこっちのもので、こういう時の俺の行動力は通常の比にならない。
情けないことに。
この場合、前を塞がれているだけだから、後ろのガードはがら空きだった。
彼女たちが身内だけでごちゃごちゃしている隙に俺はくるっと後ろを振り返り、今曲がってきたばかりの角に飛び込んだ。
後ろで、俺がいきなり消えたことに気づいた女子三人の「あれ、中澤君は?!」という驚いた声が聞こえたが、気にしないことにして、すぐにもうひとつ角を曲がった。
さらに進んで、また曲がった。
そこには人気がなかった。
俺は壁を背にして廊下に座った。
心拍数が尋常じゃなかった。




