2."the Sixth sense" -a3 『修行』
-a3 『修行』
俺が今日の放課後までの期限で与えられていた課題。
それは、“世界史の授業中に手を挙げて発言すること”、だった。
わが高校には世界史教師がいる。
その名も山野先生。
彼の世界史の授業は身ぶり手ぶりの演技付きで行われるため大変面白く、生徒間でも人気が高い。
そしてその授業形式も今時の高校にはない珍しいものだった。
山野先生は授業中、生徒に「自発的に手を挙げて発言すること」を求めるのである。
発言した生徒には内申点プラス。
一応、わが高校はこの近所で一番レベルの高い進学校なので、高内申を獲得して大学の推薦を狙いたい生徒などは、このチャンスに飛びつくわけだ。
しかし、まあ。
俺のような小心者は、そんな、いかにも目立ってしまう“自発的発言”などを積極的に行えるはずはなく。
そこら辺の事情をお見通しな原野さんは、今回意図的にこの課題を選んだようだった。
最初の課題が「大きな声で話すこと」、次の課題が「人と目を合わせて話す」ということで、日常の些細なことを取り上げたものだったため、この課題は俺にとってかなり困難を要したのだった。
…まあその二つも大概難しかったのだが。
「えっとですね…。やるにはやったんですよ。」
俺の煮え切らない言い方に、原野さんの表情がまた険しくなる。
「どういうこと?やったの?やってないの?」
「いや、俺はやろうとしたんですけど…。えっとですね、若干邪魔が…。」
「…まさかまた矢吹とか?」
「いや…矢吹でなく、クラスの女子です。」
…原野さんの頭の上に疑問符が飛んでいるのが見えるようである。俺は説明を付け足した。
「世界史が四限目だったんですけど、俺が発言しようとして、こう、手を挙げながら『先生…』って呼んだんです。そしたら、クラスの…ほら、化粧バッチリでよくしゃべる派手な感じの女子たちが、ですね、『中澤くぅω、どしナ二のぉ??!!気分悪しヽ感じィ???じゃあうちらが保健室連れてってあげるよお!!!』とか言い出してですね、俺が焦ってる間に保健室に引きずって行かれたんです。」
「…だから四限目の授業中、廊下がうるさかったのか…。」
「4人がかりでくるし、授業中なのにきゃいきゃい話かけてくるし、…正直大変でした。」
「貴方ってクラスでそんなに人気なのね…。まさかそこまでだとは思わなかった。」
「まあ…心配してくれたんでしょうけど…はい。」
そうかもね、と原野さんは苦笑いする。
俺もつられて少し笑いそうになったが、ここでずっと気になっていたことを思い出した。
一気に笑いが引っ込んだ。
「これって、課題的にはセーフですか。アウトですか。」
「……うーん。」
原野さんはさっきからゆらゆらしていた地球儀から立ち上がると、その側面を持ち、彼女はそこに立ったまま手だけを動かして本格的に回し始めた。
地球儀がグルングルンと回り、スピードを上げていく。
「課題的にはアウトよね。条件を半分満たしてないもん。」
そういうと、がたがた言いながら回っている地球儀に飛び乗った。
…危険行為だ。
よい子は真似してはいけない。
原野さんはその中でしばらく回っていたのでが、スピードがゆるんでくると、こう言った。
「まあ…授業中にちょっとでも言葉を発しただけでも進歩かなあ…。」
「はい。そうです。まさにそうです。」
「…そんなにそこを強調してるようじゃまだまだなんだけどね。」
原野さんは大分スピードの落ちた地球儀の中で、また苦笑い。
…そう言われてしまうと少し情けなくなってくる俺。
やはりヘタレ脱却はまだ遠いようである。
「けど、今回はまあ良しとしようかな。」
「…ほんとですか?!」
「頑張りは認めることにするわ。不可抗力なところはあるし。」
はあああ、と俺は息をつく。
よかった…また同じ課題をもう一度などと言われたらどうしようかと思った。
俺のそんな様子を見ていたのかいないのか、原野さんはすっかり止まってしまった地球儀から降りると、またそれをグルングルンと回し始めた。
…また、乗るのだろうか。
「……原野さん、…酔わないんですか?」
「うん?」
「俺は見てるだけで酔いそうなんでけど…。」
「えー、こんなの全然じゃない。もっとスピードでないのかな。」
そう言ってさらに回す。地球儀が高い音でキイキイいっている。
「てか、この程度で酔ってるようじゃ駄目だよ。遊園地とかいけないじゃない。」
「遊園地は行きませんね。」
「えええ???!!!!!」
原野さんがいきなり叫んだ。地球儀を回す手が止まっている。
俺は真剣にビビった。
「え…え?!遊園地なんて、もう4年位行ってませんけど…。」
「なんで?!耐えられるのそれ!!」
…今までにないくらいの食い付きである。
「いや…むしろ今行っても、ほら、あんまり乗るものがないっていうか…。」
「どうして!!ジェットコースターがあるじゃない!!」
「え、だって、ジェットコースターとか、怖いじゃないですか…。」
「なーーーー!!!!」
原野さんは俺の頭をひっぱたいた。
「いた?!!」
「ジェットコースターに乗れないとか!!乗れないとか!!」
何故かわなわなと怒っている原野さん。
「そんなの、自分のヘタレさを主張してるようなもんじゃない!!ジェットコースターに乗れないとか、人生の半分くらい損してる!!」
「いや、大袈裟…」
「いいやっ大袈裟じゃないわ!!あんなに楽しいのに、あれに乗れないなんて、信じられない!!」
食ってかかってきそうな勢いだ。
俺はたじたじになる。
「よし、決めた!!」
原野さんは俺に人差し指を突き付ける。
「行くわよ、遊園地!」
「え?!」
「今週の日曜日、あいてるわよね?!」
「え、あいて…ますけどそんなに急に…」
「丁度行きたいと思ってたとこなのよ!今回の課題も中途半端に終わってるし、丁度いいわっ!」
「…ジェットコースター乗るんですか。」
「ジェットコースターしか乗らない縛りで。」
「………あの、嫌で」
「却下!!!」
…最後まで言わせてもらえなかった。
「これも修行の課題にします!」
「ええええ…、そんな…」
「じゃあ日曜日、舞園ランドに行くわよ。あそこなら私、チケット持ってるから。それに貴方の家からも近いでしょう?」
原野さんはもう何を言っても聞いてくれそうにない。
俺は諦めるしかなさそうである。
彼女に口答えなど、まだ出来るはずがなかった。
休日はゆっくりゲームでもするつもりだったのに…。
それがジェットコースター三昧に変わってしまったなんて、信じたくない事実である。
「よーっしテンションあがって来た!!楽しみね、セイ!」
「…まことです。」