2."the Sixth sense" -a1 『行路』
-a1 『行路』
6月というのは何とも微妙な時期である。
まず、気候が春の陽気からだんだん夏の熱気に近づいてくる。
それに加えてこれまた厄介なのが、梅雨。
熱気に湿気がプラスされてさらに相乗的に不快指数が増大。
秋のような爽やかな空気は微塵もなく、じめじめ、べたべた、むしむし、と。
そんな気候にどうしようもなくイライラ。
学校も丁度中だるみの時期で、せっかく五月病を乗り切ったというのに降り続く雨にどうも憂鬱になりがち。
それが、俺のイメージする6月である。
そんな6月も始まってもう二週間ほど経とうとしていた。
朝降っていた雨は上がったようで、埃が落ちてひんやりと澄んだ空気がそれなりに心地よい。
靴を履き替え下駄箱の前に立った俺は、目だけを動かしてあたりをうかがった。
あたりに目標物は見当たらない。
よし、今日は大丈夫な日のようだ。
俺は早足で裏道を通り駅に向かうと、直ぐに到着した電車に飛び乗った。
本来の帰宅時だとあと4駅程電車に乗ってさらに乗り換えをするのだが、今日は一駅しか乗らないので運動がてら歩いてもよかったのだが、何せ徒歩では危険が伴う。
それに待ち合わせ相手を必要以上に待たせるわけにはいかない。
それは絶対にいけなかった。
数分電車に揺られて駅に到着した俺は、ここ最近よく歩くルートをたどりだした。
この駅の界隈はまだ田んぼや畑、古い町並みが多く残っており、のんびりとした雰囲気を醸し出している。
俺の住んでいるところは多少開けているので、こういった景色はやはり見慣れない。
田圃の畦道ではカエルがせわしなく鳴き、この近所の中学生たちがわいわいと列をなして下校している。
俺はそんな列に逆行し、ちょっとした勾配の坂を上ると、古い家屋が並ぶ横道に入った。
この道をしばらく行けば、目的地である。
道中、すれ違う中学生(主に女子)が何度も俺の方を振り返った。
俺は平静を保つ。
よくあることだ、慣れなければ。
俺を振り返った彼女らが数人で固まって何か興奮した様子でささやき合うのが目の端に入る。
どこからか、「見てよ、あのおにいさん!」という高く上ずった声。
女子特有の、クスクスという鼻にかかった笑い声。
だめだ。
ここで歩みを速めてはいけない。
ここで負けては、意味がない。
左に曲って、右に入り、左に折れて、右を向くと。
そこは待ち合わせ場所の神社である。
その神社には公園が併設しており、沢山の遊具が設けられていた。
降り立つところに雨水がたまった滑り台、大人でもぶら下がるのがやっとな大きな鉄棒とその下の砂場、青く塗られた金属棒で地球儀のようにかたどられたくるくる回る遊具、小さすぎるシーソー、柵が付いていないむき出しのブランコ。
俺は入口に立ち、そこに自転車が止めてあることを確認した。
最近すっかり見なれてきた、シルバーのかご付き自転車。
公園に人気はなく、いつも通り閑散としている。
俺は地球儀の遊具に向かって歩みを進める。
よくよく見ると、地球儀の中には人が一人。
今日は長い黒髪を後ろでまとめ、キャップをかぶっている。
俺はその影に声をかけた。
「あの…、遅くなってすみません。」
影は声に気付いてこちらを振り返る。
地球儀内に作られている椅子に腰かけ、膝に肘を乗せて頬杖をついていた彼女は、俺の顔を見るなりため息交じりに言った。
「…すっごく待ったんですけど!」
師匠、原野唯陽は、少々不機嫌なご様子だった。