8."Be back where 1 started" -f1 『明察』
-f1『明察』
日付にして次の日にあたる、1月29日。学校が終わった後、俺は矢吹とクレープを食べに来ていた。
今日が29日だと気付いた矢吹が『クレープ食いに行くぞー!!』と騒ぎ始めたのが今日のお昼のこと。篠原と末永は部活があった為、結局2人でまたクレープ屋を訪れた。
高いクレープにトッピングをつけまくった矢吹は、それを美味しそうに食べながら喋り続けている。俺は矢吹の弾丸トークを適度に聞き流しながら、話の切れ目を探していた。クリスマスイブの時に詳しい話をできていないことが、ずっと気になっていたのだ。
クリスマスイブの時、谷口さんとどうなったのかを気にしている矢吹の質問に答えられなかった。新学期が始まって、谷口さんと普通に話せたことを矢吹に報告しようかとも考えたが、最近は篠原、末永も交えた4人でいることが多いため、矢吹と2人になる機会が無く、切り出すことが出来なかった。
矢吹は、状況を正しく認識していない。それを正さねばならない、こいつは知る権利がある。そうは思うが、それをはっきり言葉にするのははばかられた。言葉にしたら状況が変わってしまう気がした。
だから、話の切れ目を探すだけ。タイミングを見つけても、切り出そうとするたび、心臓が早鐘を打って息が詰まって、言葉が出なかった。
矢吹はさっきから、思い出話を始めていた。4月からこれまでにあったこと、仲良くなった人の話、流れた噂話の真相…。
「あー、クラス替え嫌だなー!!」
矢吹が唐突に言った。
「クラス替えって、考えるの早くないか?」
「早くねーよ。もうすぐ2月だろ?あと二か月なんて、あっという間だぜ!」
「まあ、そうなのかもなあ。4月からここまでもあっという間だったし」
「そうだろ?特にお前は文型なんだから、絶対クラス離れるじゃん。」
「矢吹は理系だっけ?」
「そうそう。篠原も理系で、すえは文型。だから、また4人同じクラスってのは不可能なわけ。」
矢吹は悲しそうな顔をする。思っていることが良く顔に出る奴だ。
「オレっちはね、今のクラスが楽しいわけよ!」
「そうなのか?お前なら、どのクラスでも楽しくやっていけると思うぞ。」
「あー誠!君は分かってないね!!」
矢吹はやれやれといった風に首を横に振る。
「オレっちだって、楽しい楽しくないはあるわけよ。まあ、どこにいても同じテンションでいることはできるけどさー。」
「テンションは一定だけど、中身が違うってことか?」
「そう!今のメンツ、オレはすげー好き。」
矢吹が満面の笑みを浮かべる。本当に、分かり易いやつだ。
「別に、ずっとつるんでる訳じゃないけどさ、最近は4人で一緒にいることが多いじゃんか。オレ的に、すげー嬉しいんだよね。」
「そうなのか?」
「うん。だって、凄い楽しいもん。楽だし。こんな楽しいのに、もうすぐ終わっちゃうなんて、寂しいよ、オレは。」
「…そんなこと思ってたのか。」
「あははー」
矢吹が照れたように笑う。いつもハイテンションで楽しそうなこいつの、こういう笑い方は珍しい気がした。
「まあオレは、篠原とは最初から結構仲がよかった方なんだよね。すえも、まあ、一方的に喋りかけてたんだよ。」
「目に浮かぶよ」
「勝手にすえって呼び始めたしなー」
その時の末永の困惑した表情が容易に想像できた。
「だけど、あの二人と本格的につるみだしたのって文化祭からだよなー」
「ああ、そうだな」
「原野の劇見る為に店番ほっぽり出して走ったよな!まぁ、すえは途中から歩いてたけどさ!」
矢吹は楽しそうに、けらけらと笑ってる。
「それから、谷口さんに頼まれて買い出し行ったり…」
「谷口さん、な」
谷口さんというワードに、どきっとして言葉がつかえた。
「そういや、あの時はオレっちのファインプレーもあったよな!」
「実行委員か…」
「誠がやりやすいようにオレっちが気を利かせてだなー!」
「あー…。」
「…ん?どうした?」
思わず煮え切らない反応をしてしまったのを、矢吹も見逃さなかった。神妙な面持ちになる。
「どうしたんだ、誠。」
矢吹には言っておかねばならないだろう。ちゃんと。
イブの日、谷口さんと出かけた。そして、途中で帰ってきた。
「イブの日、自転車かりたろ?」
「ああ、そうだな」
「まあ、その理由、話してなかっただろ。」
「…おう。」
「あれは、他に用事ができたからで」
原野さんの所に行かなければならなかったから。…いや、行きたかったから。
「それは、俺にとって大事な用事で」
谷口さんとのデートを中断させてまでも、したかったことだったから。
「谷口さんと出かけるのより優先したかったことで、」
そう、谷口さんより、原野さんを優先した。だから。
「つまり、俺にとって谷口さんは、…もう」
「誠よ、それ以上言うな。」
言おうとした言葉を飲み込んだ。演技じみた矢吹の声が、大事な部分を遮った。
俺は矢吹を見た。矢吹は無言で、…なぜか、どや顔でうなずいている。
「わかった。オレっちは察した、察したぞ誠よ。」
「…え」
「青春というものは恋愛が全てじゃないと俺は思う。」
矢吹は神妙な面持ちでうなずく。持っていたクレープを一気に口に入れて、もぐもぐし始める。
「恋とは移り変わるものだ。そういうものだ。だから、お前は何も気にすることはない!」
「お、おう」
「青春に恋が必要だと誰が言った!そんなの一部のリアル充実組のたわごとだ!!」
「え」
「青春に必要不可欠なもの、それは…。」
矢吹が力強く宣言する。いつも以上にハイテンションな様子で声高に言った。
「友情、努力、勝利と決まっているだろ!?」
もはや椅子から半分立ち上がっている。俺はのけぞって矢吹の接近を避けた。
「おっと、こうしちゃいられねぇ…!やっぱり、篠原とすえを呼ぶぞ!!強制召喚!!」
矢吹が携帯取り出して電話をかけ始める。部活中だろ…と思うが、止めない。
矢吹なりの気遣いを感じたから。それが嬉しかったから。
今まで色々と、俺のために沢山、してきてくれたんだな、と思った。まあ、それがおせっかいだったことも多かったわけだが。
「なんで出ないんだよー!」
と携帯に向かって騒いでいる矢吹を見ながら、俺はクレープをほおばる。
こいつと友達になれてよかった。