8."Be back where 1 started" -a2 『坂道』
-a2『坂道』
それから間もなくして、茶色のトレンチコートを羽織って現れた陽翔さんに連れられるように、俺たちは初詣へと出発した。目的地は、鷹尾市の中央部にある住江神社である。鷹尾市内ではなかなか大きい神社らしい。
「今日は歩いて住江神社に行きます。」
アパートの階段を降りたところで、陽翔さんは宣言した。
「今からだと、大体2時30分には着くね!」
「ねえ兄、電車を使いましょうよ。一時間はさすがに遠いわよ!」
原野さんが異議申し立てた。どうしても寒い中歩くのが嫌らしい。
「最初から楽をするのは駄目だよ、ユウヒちゃん!そういう最終手段は、最後につかうから最終手段なんだよ!」
「けど!」
「それにね、今は絶対僕の言うことを聞いておいた方がいいと思うけどな?」
陽翔さんはそう言って、にっこり笑った。
その笑顔には、有無を言わせぬ凄味があった。
陽翔さんのアパートがある永山は舞園市に位置している。永山は山間の土地で、駅前こそ開けているが、その他はまだ山の緑を色濃く残したのどかな場所だ。駅前から国道沿いに緩やかな坂を下って行くと、一本道で鷹尾市に入ることができる。その道中には、我が鷹尾高校も位置している。
だが、この一本道というのがとてつもなく長い。途中、高架を登ったり、一面が田園風景になったり、いきなり高速道路が現れたりと、景色が何度もがらりと変わる。
俺たちはその遥かにつづく坂道を黙々と下った。
四季によって変化する山がちな風景は、今はすっかりくすんだ色になっている。原野さんと最初にここを通った時は、夏真っ盛りの青々とした緑色だった。
俺の左には陽翔さん、斜め前の俺と陽翔さんの真ん中くらいの位置に、原野さんが一人で歩いている。ロングヘアが歩くたびにさらさらと揺れた。
黒髪に淡い色のコートが良く映えている。時折ふと横を見る仕草。ちらりと表情が見える。不機嫌そうに細めた目元は、寒さのせいか少し赤い。
俺はその様をじっと見ていた。そういえば、夏、一緒にこの道を歩いた時よりも髪が長くなっている。前は肩に少しかかるくらいだったが、今では肩甲骨の下あたり。すっかりロングヘアだ。肌の色も白くなったのかもしれない。前はこんなに抜けるように白かったか。いや、ただそれはあの時が夏で、今が冬というそれだけのことなのかもしれないが。
そして実感した。
時が流れている。俺と彼女の間にも、確かに。
すぐには気付かないほどささいな変化を積み重ねるように、同じ時間を過ごして、ここにいるのだ。
急に、喉の奥がつかえる。俺は、自分が知らずの内に息を止めていたことに気付いた。
冷たい空気をいっぱい吸い込む。つんとした冷たさが体を内側から冷やしてくれる。
その感覚にふと、12月にここを自転車で飛ばしたことを思い出した。あの時は坂道が思ったより辛くて、すぐ息が上がってしまったんだっけ。懐かしい。今更ながら、良くこの坂を上ったものだと思う。
そう思ったとき、陽翔さんがそっと話しかけてきた。
「そういや、セイくん。イヴの夜だけどさ。」
「…俺も今ちょうど、その時のことを思い出してました。」
タイミングの良さに思わず笑ってしまう。
「どんなことを考えていたんだい?」
「よく上ったな、って。」
「やっぱり!僕もそう思ったよ。」
「…もしかして、無謀でしたか?」
「無謀とは言わないけど、近道とはいえ、みんなやりたがらないよ、絶対。きつかったろう?この坂を一気に自転車で上るのは。」
「……正直、甘く見ていましたね。」
その返事を聞いて、陽翔さんは楽しそうに笑う。
原野さんはというと、こちらをちらっと見たきりずっとそっぽを向いていた。こっちの話に入ることも、引き込まれることも牽制しているようだ。
「僕も自転車で来たって聞いたとき、まさかと思ったよ。けど、君の頭が台風の中を逆走したみたいだったからね!」
「…あの時の俺の髪型、そんなに凄かったんですか?」
「そりゃもうね!必死に自転車をこぐ様が伝わってくるようだったよ!」
…もっと早くにその状態に気づいていれば。悔やまれる。
だがあの時は。
「必死だったから……」
そこで、俺の言葉は途中で切れる。
前方を歩く原野さんの横顔と、目があったのだ。
じっと観察するようだ。さっきまでの不機嫌そうな様子が一変して、表情がない。
その様子に、イヴの時に陽翔さんに教えてもらった原野さんの癖を思い出す。
続いて、この道中の彼女にまつわる自分の一連の思考、行動を一気に思いだす。
自分がなんだかとても恥ずかしい奴のように思えて、俺は黙った。