7."Dis December" -d3 『高潮』
-d3『高潮』
駅を出た後も人ごみが引くことはなかった。人の波に押され、もまれ、時に横に谷口さんを強く意識する。ようやく映画館にたどり着いた時にはもう、俺は精神的にも身体的にもくたくたになっていた。
映画館の多い桜田だが、俺たちがやってきたのは若者が集うショッピングモールの最上階にある映画館だ。ショッピングモール側の入り口付近には数々のイルミネーションが飾り付けられている。
ピリッと冷えた空気と、白っぽい景色と、光るイルミネーションと。どことなくざわついた空気のせいなのか、どこからともなく聞こえてくるクリスマスソングのせいなのか。なんだか胸の奥をギュッと握られたみたいに感じて、俺は思わず息を飲んだ。テンションがひっぱり上げられるようだった。
「なんだか素敵だね。」
最上階に向かうエレベーターを待ちながら、谷口さんが言う。
「…そうだな、イルミネーションとか、いい感じだし。」
「うん、それもあるけど…やっぱり良いよね、冬って。わたし、好きだな。」
「……そうなの?」
「うん!季節では一番冬が好きだよ!!」
「そ、そっか…。」
不意打ちだった谷口さんの満面の笑顔に、俺は思わず口ごもった。
そうか、冬が好きなのか。谷口さんは、冬がスキ。俺は……。
「まことくんは?キライ?」
「え?!んー……あー……」
「まあね、確かに、寒いけどね。」
俺の様子に、谷口さんはちょっと苦笑いする。
「けどね、寒いのって、悪いことだけじゃないと思うの。外が寒いぶん、…暖かいし。」
そういうと、ちょっとこちらに身を寄せて。
「まあ、寒すぎるのはやっぱり嫌だけどね。」
と、言った。
エレベーターを上がって映画館についても、この距離感は変わらなかった。谷口さんは俺に、さっきよりもくっついている。
これはあまりにも大変な状況だ。周りの人たちの眼には、どういう風に映っているのだろうか。“クリスマスにたまたま一緒に遊びに来た友達同士”。そんな、そんな風には絶対に見えないことは確かだ。
隣に、近くに、体温を感じる。寒いから余計に、だ。余計な思考が頭の中をいっぱいにしてしまって、目の前がちかちかするようだった。
人ごみに流され、よくわからないうちにチケットを買い、開けた場所に出てきたころにはもう、11時10分。映画開始が20分前に迫っていた。
「あ、じゃあわたし、ちょっとお手洗いに行ってくるね。」
「じゃ、じゃあ俺はジュースでも買っとくよ。何がいい?」
「えっと、ミルクティーで!じゃあ、またここで待ち合わせね!」
谷口さんは満開の笑顔でありがとうと言うと、人ごみに消えていく。その後ろ姿を見送りながら俺は、はあ、と長く息を吐いた。言い知れぬ緊張からやっと解放されたような感覚だ。
ここまで、ずっと足元がふわふわしている。ペースがつかめない。何が起こるかわからない。まだ、胸の奥が締め付けられている。
俺は落ち着くためにあたりを見渡して、売店を探した。コーラでも飲みたい。Lサイズ…いやこの際、LLサイズでも一気飲みした方がいいかもしれない。
売店は思ったより近くにあった。そのファーストフードを求める列の最後尾に並ぶ。谷口さんはミルクティーだったか。ここは、俺がおごろう。できれば昼ごはんも。谷口さんを楽しませるんだ。そのために資金は充分に持ってきた…。
ふと時間が気になって時計を探した。あたりに見当たらなくて、ポケットの携帯を探った。
…そうだ、携帯は鞄の中だ。
連鎖的にいろんなことを思い出しそうになって、俺は頭を振る。今日は、谷口さんとの時間に集中するんだ……。
携帯を開くと、メールが入っていた。
送信元は陽翔さんだった。
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Sub:やっほー!
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セイくん、イヴは楽しんでる??
僕の方はちょっと大変だよー。
実は唯陽ちゃんが熱を出しちゃってね…(>_<)
今は僕の家で看病してるよー。全く、唯陽ちゃんはうっかりサンだよ、アイスの食べすぎだよね!(`・ω・´)
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…え?
………原野さんが、熱??
俺は我が目を疑った。