1."A May-day" -c4 『探索』
-c4 『探索』
一人取り残された俺は、しばらくそのまま裏道を探していたが、財布を見つけることは出来なかった。
俺は公園に戻ろうかと考え始める。
矢吹がいなくなった今、もう俺の代わりに彼女と話してくれる人はいない。
だからと言って、このまま困っている(であろう)原野さんを放って帰るなんて絶対にしたくない。
…こうなっては仕方がなかった。
俺は一人で原野さんのところに戻ることにした。
原野さんはさっきのベンチから少し離れた道を探しているようだった。
そこは背丈の長めな雑草が生い茂っていて、視界が悪い。
何か落ちていてもパッと見では気づかなさそうだった。
原野さんは俺が返ってきたのを見つけると、軽く眼を見開いた。
“あれ?”と、不思議そうな表情。
俺は言った。
「あ、えっと矢吹は、急用ができたので、帰りました。」
「え、…そうなんだ。」
「あ…、そこ、探すの、お、俺も手伝います。」
彼女に何も言わせないうちに、俺は茂みの中にしゃがみ込んだ。
緊張からか、何故か息が上がり、上手くしゃべれなかった。
原野さんはそんな俺をしばらく見ていたが、また手元に目線を落した。
陽が傾いてきた。
俺は西日に目を細める。
額がうっすら汗ばんで髪がはりついてくる。
俺はそれを思いっきりかきあげて、額を袖で拭い、さっきとはまた別の茂みを探し始めた。
財布はまだ見つからない。
原野さんと会ってから、もう一時間近くたっていた。
俺はだんだん意地になってきていた。
どうして見つからないんだろう。
他の誰かが先に見つけて、持って行ってしまったのだろうか?
だとしたら、ちゃんと交番に届けてくれただろうか。
いや、けど、2万円も入っていたら、そのままネコババする悪い奴もいるかもしれない。
そう思うと、普段まるで起きてこようとしない俺の正義感が、久々の活動し始めたような気がした。
トントン、と。
肩が叩かれた。
俺は振り返った。
しゃがんだまま見上げると、原野さんが覗き込んでいた。
申し訳なさそうに目を細めて。
「あの…。ごめん。もういいよ。」
俺は焦った。
原野さん、諦めてしまうのだろうか?
それはだめだ、2万円も入っているのに…。
俺は食い下がった。普段の俺らしくもなく。
財布が見つからないせいで、頑なになっていたのかもしれない。
「いや、大丈夫です。俺、時間ありますし。」
「いや、そうじゃなくて…」
「それに、まだあっちの方は見てないんですよ。そこにあるかも知れません。」
「あの、だから…」
「もしそれでなかったら、交番に行きましょう。きっと見つかりますよ。」
「だから、これ」
原野さんは俺を制すると、何か差し出した。
それは、黒い落ち着いたデザインの、財布だった。
「え!あ、それ!!見つかったんですか!?」
思わず声が大きくなる。
「あー、うん。その…」
「どこにありました?」
俺がそう聞くと、原野さんは申し訳なさそうに、自分のスカートのポケットを、指さした。
「…え?」
「…ごめん、本当に申し訳ない!スカートのポケットに入ってたのに今まで気がつかなかった…。本当にごめん!!」
掌を顔の前で合わせて、何度も何度も謝る原野さん。それはまさしく平謝りだった。
だが。
俺は、思わず笑いが込み上げてきた。
もう見つからないかも、と焦っていたからだろうか、安堵感が込み上げてきたのだ。
怒りとか、腹立たしさとか、そういった感情は全く湧いてこなかった。
ただ、財布が見つかって嬉しい。
「…よかった…」
半分にやけている俺を見て、原野さんは一瞬不思議そうな顔をしたが、直ぐにゆるりとほほ笑んだ。
切れ長の目を細めて、輝かしい笑顔で笑って。
「ありがとう。」
と言った。
その後。荷物を自転車のかごに詰め、スタンドを外した後、原野さんはいきなり俺にこう言った。
「あのさ、これからちょっと時間ある?」
「あ、…え?!」
さっきは普通に彼女と話していた俺だったが、財布が見つかった瞬間、達成感とともに、使命感に満ちたいつもより強気な俺はまた怠けだしてしまったようで、俺は例によって、うろたえた。
「あ、え、あり…ます。はい、あります。」
「ちょっとお礼がしたいんだけど、一緒に探してくれたお礼。いい?」
「あ、いや、けど、そんな、」
「じゃ、決まりで。」
原野さんは俺の返事を待たずに言った。
…さっきの仕返しだろうか。
原野さんは自転車を押して、突然のことに全く付いていけていない俺を取り残して歩きだした。
俺は無理やり我に返ると、先に歩いていってしまう原野さんを追いかけた。
もうこれ以上、何をどう話せばいいのか分からないのに、と心の中で泣き言を言いながら。