7."Dis December" -c1 『霧中』
-c1『霧中』
結局、谷口さんからの返事はすぐに来た。
『もちろん行く!』という文面。それを見たときの原野さんのしたり顔が頭から離れない。
それからの時間はひどく有耶無耶に過ぎて行った。
有耶無耶でふわふわした、雰囲気のみの言葉遊びで埋め尽くされた日常会話。
“バイバイ、じゃあまた明日”といって別れてしまった後にはもう内容も思い出せないような類の、曖昧なもの。
原野さんははっきりとした人だから、こんな感じの会話をしたのは初めてだったかもしれない。
何かの気の迷いなのか。
ただの気まぐれなのか。
契約でも師弟でもなんでもない、ただの友達同士のような夕方のファーストフード店でのこの一コマは、俺にとってはひどく貴重なものに思えた。
『マコトとは、冬までの付き合いって契約してるんだから。』
期間限定の友好関係。だからそれが過ぎれば…こうやって俺と原野さんが会うこともおそらくないのだろう。
そのことが、今日はなぜか、“そう遠くないうちに確実におこる未来”という強い実感を伴って俺に押し寄せてきた。
原野さんと別れて、結局やっぱり会話の内容は忘れてしまって、谷口さんと何通かメールをして、陽翔さんから『鍋パーティはまた年末に』というメールがきて、…その後送った原野さんに宛てたメールはやっぱり返ってこなくて。
その夜は、いつになく寝つきが悪かった。
『今日で、もう最後かもね。』
夢うつつの中で、別れ際に原野さんが俺に告げた言葉がぐるぐると回っていた―――。
***
「…………おい、誠!!」
矢吹の声で、俺は現実に引き戻された。
それと同時に、教室内のざわめきが一気に耳に入ってくる。
ここは放課後の教室だ。
昨日の夜よく眠れなかったせいか、ぼーっとしていたらしい。
「…あー、やぶき。」
「おいおいおい!なんだよ、その腑抜けた感じ!」
矢吹が不服そうな顔をしている。
「今日はクレープの日だぞ!オレの家の近所のクレープ屋!約束してたの、忘れてねーだろーな!」
「…あ」
「なんだよ!!今のぜってー忘れてたろ!!今のは忘れてた奴の反応だ!!」
「いや…忘れてたけど思い出した、今さっき」
「ひでぇ!!」
矢吹はこちらのテンションなど関係なく、相変わらずのいつも通りだった。
「いいか、今日は9のつく日だからな、クレープが半額で食えるんだ。心して臨むぞ、誠よ!」
「………」
「返事は!?」
「…おーう」
「…言いたいことはいろいろあるが、いいだろう!行くぞ、誠よ!!いざ出陣!!」
「………おーう」
俺は低迷しているテンションを半ば引きずりあげられる形で、矢吹と共に教室を出た。