7."Dis December" -b6 『討争』
-b6『討争』
彼女が目の前で凄い目つきをしている。
俺は、言われた言葉の意味がよくわからなかった。
なんで居るの、って…
「な…なんでって、丁度俺も帰りでですね。」
「んんーー、……まあ、そうよね、学校なんだから普通に会うこともあるのか。」
原野さんは腰に手を当て、溜息をついた。
「え、えっと……原野さん?」
「…ははは。」
なぜか苦笑いで返してくる。
「ほんと、行動パターンがかぶってるのかなんなのか……。」
ぼそっとつぶやいた。
だが、次のタイミングでコホンと、また一つ咳をする。
「………、ま、いっか。いいわ。いいでしょう。」
「え、…え?」
「マコト、この後どうせ暇でしょ?ぱっと靴履き替えちゃって。」
ぱんっと勢いよく下駄箱の入り口を閉めて、原野さんが言う。
「話があるわ。場所を変えましょう。」
原野さんはこちらの返事を待たずに、すたすたと歩いて行ってしまう。
俺は慌てて靴を履き替え下足室から外へ出て、彼女の姿を追う。
自転車を押してこちらにやってきていた彼女は、俺をちらりと見ると、そのまま自転車を押して歩いていってしまった。
俺は慌てて後を追った。
学校から出て、細い道をたどり、稲刈りもすっかり終わって寂しくなった水田を横目に見ながら、俺たちは裏道を進んだ。
俺は原野さんから3歩ほど離れた後ろを歩いていた。
原野さんは何もしゃべらず、無言。
視線が遠くを泳いでいるので、何か考えごとをしていたのではないかとも思う。
何を考えているのかわからない。何を思われているのかも、わからない。
もちろん、そんな彼女に話しかける勇気がないのは、半年前も今も変わらなかった。
ついたのは、5月に原野さんに連れてこられたのと同じファーストフードショップだった。
できるだけ目立たない席をとり、適当に食べものを買ってくる。
テーブルにジュースと、ハンバーガーと、ポテトのMサイズが2つ並ぶのに、そう時間はかからなかった。
「えっと。」
原野さんが頬杖をついた体勢で、こう切り出した。
俺はハンバーガーを片手に、彼女と視線を合わせる。
「メールを返さなかったのはね、悪かったと思ってるのよ。」
「……え、まじですか!」
「…………なによ、その反応は。」
「いや…なんというか、………謝られたのが意外、というか」
「はあ?」
「や、その、原野さんは俺以上にメール不精じゃないですか。」
「………言うわね、あんた。」
「え…いや、けど、そうでしょ?」
沈黙が流れた。
俺は持っていたハンバーガーを食べる。
原野さんはしばらくジト目でこっちを睨んでいたが、一つ咳をすると、やがてポテトを二つとも自分の食べやすいようにそろえた。……また一人で食べるつもりらしい。
「まあね、この際、私が貴方よりメール不精だとかそうじゃないとかはいいのよ。どうでもいいのよ。もっと大事な、別の話があるのよ。」
言い方の節々にとげが感じられるが、気にしたら負けだろう。
彼女の言葉の続きに耳を傾ける。
「24日のことよ。ちゃんと誘ったんでしょうね?」
「………あー……・・。」
「やっぱり!」
彼女は、予想どおりだったのがうれしかったとでも言うように語尾を強める。
「貴方、あたしにちょいちょいメール寄こしてる暇があるんだったら、彼女にメールの一つでもしたらどうなのよ!!」
「…いや、なんていうか、ですね。全く進展がなかったわけではなく…。」
「え?」
「俺も、原野さんに相談しないとだめなことがあって。」
「え、え?!」
ガタッと、原野さんの頬杖が崩れた。
「なにそれ!!ちょっと、それもっと詳しく!!」
さっきまでの余裕が嘘のような驚きっぷりだ。
原野さんらしくない不意を突かれたような反応に、俺は内心戸惑った。
「え?!え…えっと。実は今日、彼女の方から誘われました。24日に。映画に行こうって…感じで。」
「ま…まじで?」
「は、はい、まじです。」
「…………ほーーう。」
原野さんは椅子の背もたれに背中を預けるようにして、息を吐いた。
手のひらを額に当てている。
「凄いわね、まさか向こうから来るとは……これは、思ってた以上に脈ありなのかしら。なるほど。なるほど、予想の斜め上だわ。」
「で、それでなんですけど」
「そうよ!誘う手間が省けたのね!!何よ、相談って。デートプラン?!」
「いや、えっと。」
「なに!」
「えっと、それで、…どうしましょう、か?」
一瞬、一時停止をしたかのように原野さんが止まった。
そこから、みるみる内に表情が怪訝なそれへと変化する。
「……はあ?なにが?」
「いや、だから…24日は、鍋の話が。」
「………。」
「………原野さん?」
「なるほど。さては貴方、あたしのいうことを全く聞いてなかったわね?」
「いや、そんなつもりは」
「鍋なんてどうだっていいでしょうがああ!!!!!!!!」
原野さんが思いっきり叫んだ。
近くにいた俺の耳はきーんとなる。
「ちょ?!原野さん、静かに!!」
「いい?!鍋なんてどうだっていいのよ、この前のあの話し合いはなんだったの?!なにが『どうしましょう』よ!!もう答えなんて決まってるでしょうが!!いい?そういういうのは二つ返事!!即決なのよ!!!なに考えてんのよ、何よ相談って!!!!そんな余地ない!!!!男なら即決してこい!!!!」
「ま、ちょ、落ち着いて」
「携帯借りるわよ!!!」
「あ、え??!!!」
原野さんが、机の上にあった俺の携帯をひったくった。
俺は慌てる。
「ちょっと!!また勝手にメール送るつもりじゃ!!」
「なによ、もう返事は決まってるでしょ?!」
「な…!返してください!!!」
「だめ。」
必死に取り返そうとした俺の手をバシッと叩いて、原野さんはとても、とても強い語調で言った。
その調子は、さっきまで言い合いをしていた原野さんとは少し違うものだった。
こちらに選択肢など一つも与えない物言い。
そして、なぜか、どこか焦りさえも見えるような、強い口調だ。
俺はそれに怯んだ。
そして、それが命取りとなった。
原野さんはそのまま俺の携帯を光の如く操作して。
「谷口和さん宛て、『24日、暇なのでどこかに行きませんか?』って、送ったわよ!!」
強く咳払いをして。
なぜか、どこか勝ち誇ったように、俺に告げた。
彼女はいったい、何に勝ったというのだろう。
だがひとつ確かなことは、原野さんの行動によって俺の方は、何か、負けたくなかった何かに負けたような錯覚を覚えた、ということだった。