7."Dis December" -b4 『囁声』
-b4『囁声』
振り返ると、少し離れたところに谷口さんが立っていた。
「あれ、谷口さん。」
気付いた俺は軽く左手を上げる。
谷口さんも、ちょっとだけ、手を挙げた。
「どうしたの?何かあった?」
谷口さんに歩み寄る。
「え!あ、えー」
「え?」
「あー……えっと、あの……」
谷口さんはなんだか煮え切らないような返事をして、指先をいじっている。
これは…一体どうしたのだろうか。
俺はうつむく谷口さんの表情が少しでも見えるようにしようと、首をかしげ覗きこもうとした。
………その時。
谷口さんが顔を落としたまま、視線だけこちらに向けた。
急に目があって、驚きのあまりドキッとする。
「……あの…ね、まことくん」
「え、あ、はい」
「…ちょっと聞きたいことが、あるんだけど。」
「は、はぁ、なるほど。」
「…うん。……・・・・・・そうなの。」
そういうと、谷口さんは、俺の制服のネクタイを両手で引っ掴んだ。
「おえ?!」
いきなりのことにバランスが崩れて、俺はこけそうになるのを足元に力を入れて耐える。
何とかこらえたのはよいものの、谷口さんとの距離はさらに縮まっており。
目の前に二つの丸い目。彼女の目があった。
さっきまでの悩んだ様子が吹っ切れたような、何かを決意したかのような、まっすぐな視線。
「あのね…24日って、暇かな…!?」
殺したような声で、彼女は言った。
「……え?」
「24日、クリスマスイヴ。」
「え、あの」
「どう?」
ささやかれた誘い文句は、いつもの谷口さんには珍しいような、ぴりぴりとした雰囲気がする。
どういうことだ?どういう状況だ、これは?
あまりの展開についていけない。
24日、って、クリスマスイヴって。
けど。…けど、その日は。
「あ、あー……」
喉から声が漏れた。
その声を聴いて、俺の目を見て、彼女がびくっと震える。
「い…今は返事は良いから!考えておいて…!」
そう言うと、谷口さんはぱっと手を離し俺の横をすり抜けた。
「え…!」
慌てて視線で追うも、見えたのは走っていく後姿だけ。
ネクタイをつかまれてから、わずか数秒間の出来事。
渡り廊下の隅っこで行われたやり取りに気付いた人はいない程度の、短い時間でのやり取り。
まさか相手から誘われるなんて。
できるなら埋めたくない24日。
……けど、ちょうど“誘え”とお達しがあった、24日。
いきなりのことに驚きすぎて、まだ動けない。
フラッシュバックする、谷口さんの視線、近くで聞こえた声。
掴まれていたネクタイがまだしわになっている。
なんだったんだ、あれは。
頭がぐるぐるしている。
どうしたっていうんだ、谷口さん。あんなに、なんだかいきなり、焦ったような……?
その時、ヴー、ヴー、…と、俺の右ポケットが振動した。
…原野さんからメールか?!
気分が一気に舞い上がるのを感じる。
よかった、こういう時は師匠に相談しないと!
困り果てた状況を見透かしたかのようなタイミングの良さ。やっぱり、ここぞという時に原野さんは力になってくれる…!
慌てて携帯を開く。
メール開封。
『まことおおお、なんで置いて帰ったんだよーーー!!!オレッち寂しい!!!!!』
「………矢吹かよ!!!!!」
期待で持ち上げられたところを落とされたのと、積もりに積もった頭のなかのぐちゃぐちゃがキャパの限界にまで達して、俺は思わず叫んだ。