7."Dis December" -b4 『連行』
-b3『連行』
吉井…?どこかで聞いたような……。
女子生徒はカツカツと音でもなりそうな歩き方でこちらにやってくる。
動きが偉くきびきびしている様子とその風貌と相まって、偉くボーイッシュな雰囲気がひしひしと感じられた。
「あんた何してんの。今からミーティングじゃん。」
「えー…、えーっと」
「どこ行こうとしてんのさ。」
「いや、ちょっと俺ね、外せない用事がね…」
「何言ってんの!!あれだけ大事だから忘れんなって言ってたでしょーが!!」
「わわわ忘れてないないない!!覚えてるよ大丈夫だって!!あー、あれだっけ、副キャプテンがどうとかいう…」
「なんだ、ちゃんと覚えてんじゃん。そうだよ、副キャプ決め。だからあんたが来ないと始まんないわけ。」
「はあ?なんで俺だよ。」
「あんた、候補筆頭じゃんか。」
「………はあああああ?!!!」
篠原が叫んだ。
隣にいた俺は、耳がきーんとして思わず、そっと篠原の近くから離れた。
吉井さんは首をかしげて、“意味がわからない”とでも言いたげに、焦りまくる篠原を見ている。
それにしてもこの吉井さん、かなり背が高い。俺に目線が限りなく近いのだ……170cm近くあるのではないだろうか。
それに、だ。“吉井”って名前にはかなり聞き覚えがある気がした。
どこで聞いたのか、よく思い出せない……吉井さん……吉井さん、吉井、よしい…?
俺がなにか思いだしかけるのと、吉井さんが焦る篠原を見飽きるのがほぼ同時だった。
「あーーーーーとにかく!あんたにその気がなくてもみんなはその気なんだから、そういうことだって!!」
「嫌だ!!それ、絶対また俺にいろいろ押し付ける気なんだろ!!」
「男がぐだぐだ言うな!!文句言いたいならみんなの前で言ったらいいじゃん!!行くよ!!」
吉井さんは篠原の腕をがっちりつかんだ。
そのまま引きずって行く気らしい。
さっきまで吉井さんと一緒に歩いていた他のバレー部らしい女子たちは、少し行った先でこのやり取りを可笑しそうに見ている。
「待てまてちょっと!!俺まだ昼食べてない!!」
「そんなの見りゃわかるよ!行ってから食べたら良いじゃん!!」
「あーーーーもうはい、わかったわかった!!行くから!俺一人で歩くから!!」
篠原は吉井さんの腕を無理やり振りほどき、少し離れて様子を見ていた俺のところにやってきた。
ぐったりした様子の篠原に声をかける。
「観念したのか、篠原。」
「そういう言い方すんなよ…。そんなわけでさ、俺ちょっと、副キャプテンを回避してくる。」
「……無理な気がするけど。」
「そういうこと言うなよ!!……とりあえず、これ、頼むわ。」
篠原はビニール袋から卵サンドを取り出して俺に手渡す。
「これ、託すわ。あっきーに渡してやってくれ…」
「了解。まあ、回避できるように頑張れ。」
「おお、サンキュー!悪いな!」
篠原がニッと笑って吉井さんの方に歩いていく。
不意に、吉井さんがこっちを振り返った。
目が合う。
だが、すぐにそれは逸らされ、「行くよ」と篠原に告げた彼女は、すぐ連れ立って見えなくなった。
吉井さん。…そうだ、はっきり思い出した。
彼女は、原野さんの友達の、あの吉井さんに違いない。
確か初めて名前を聞いたのは九月ごろだっただろうか、一度原野さんから詳しく話を聞いたはずだ。
その時、俺と矢吹みたいなものかって、納得した。
そうか道理で、さっき目があったとき、なんとなく原野さんを思い出した訳である。
やっぱり似たような雰囲気があるのかもしれない。
そうか、例の吉井さん、バレー部だったのか。
ずーっと気になっていたことが解消された。
名前しか知らなかった人と偶然会ったというのに、だ。
俺は携帯を確認する。
メールはまだ来ていない。
思わずため息がでた。
これ以上無視するなら、電話でもかけてみようかな……。
そう思ったとき。
「ま、まことくん!!」
後ろから声が聞こえた。