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Contrast  作者: WGAP
7."Dis December"
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7."Dis December" -b3 『払拭』 

-b2『払拭』




四限目の体育というものはなかなか辛い。

篠原も言うように、体力の消耗がものすごいのだ。

いつも授業の後半は動く気力さえなくなるほどお腹が空く。

そりゃもう凄い勢いで。


本来あまり体育が好きな方ではない俺でもこれだから、きっと今日の種目がバレーボールでことさら張り切っていた篠原や、体育だと聞けばいつでも張り切っている矢吹の空腹感は俺に比べて尋常じゃないに違いない。

篠原はまず、食堂へ寄って購買でパンを4つも買った。



食堂からの帰りの廊下にて。

「…篠原、買いすぎじゃないのか。食えるのか、全部。」

「あー、本気出せば食えるよ。けど今日は家からおにぎりも持ってきてるからな、俺の分は3つだ。このサンドイッチはあっきーのだよ。」

篠原が右手をぷらぷらさせて答える。


「さっきメールが入ってた。『卵サンドひとつ』ってさ。」

「……そうか、これがパシリか。」

「ちげーよ!!!そんなんじゃねーよ!!!ちげーよ!!!!!」

「おい、必死だな! ……てか、“あっきー”って呼んでるのがばれたら、また全力で嫌な顔されるぞ。」

「大丈夫だ、今は居ないから。」

篠原が真剣な表情でこちらにピースサインを出してくる。


「…そんなもんか?」

「そんなもんそんなもん。それに、今日はあいつの体育サボるのに協力してやったんだし、ちょっとくらいばれても許してもらえるはずだ。」

篠原は大真面目に答える。



そうなのだ。今日、末永は体育の授業を自主休講………基、サボっていたのだった。

本人曰く、『午後の授業に備えての戦略的撤退』らしい。


今日も四限目が始まる前に細工は完璧に済ませてあったようで、『じゃ』と、さも当然のように体育館と逆方向に消えていったのだった。



「けど、意外だよ、末永がサボりなんて。」

「あん?あいつは、体育は定期的に自主休講してるぜ、俺も何回協力してることか。」

「え、まじ?!」

「まじまじ。実は前に止めたら半切れられた。それからはもう…」

篠原はその時のことを思い出したのか、頭を横にふった。

「…へー…よほど体育嫌いなんだな……」

「あー、体育だけはダメみたいだな。信じられねーよ、体育ダメなんて…」




篠原がぶつくさ言っている。

歩きながら俺たちは、食堂から中庭を抜け、教室のある校舎の入り口に差し掛かっていた。


「末永、どこにいるって?」

「図書室だってよ。来てくれってさ……まあいいや、そのままあっきー拾って、教室で飯にしようぜ。」

「…図書室、か。」

「おう!Libraryだ。」



開襟シャツの隙間からさーっと冷たい風が吹き込んだように、体温が下がっていく。

校舎の階段を登りながら、“図書室”――そのワードを聞いて、俺は一瞬で色々なことを思い出した。

先月の一連の不可思議事件、あの図書委員。

いつものあの図書委員は主犯、彼は俺の監視役、毎日通っていた図書室、荷物はそこにおいて休憩する為に外へ、俺はそれを毎回、そして、半紙を見つけたのはいつも図書館を出た……後だった。


隣の篠原をみてみる。

呑気に口笛なんて吹いている。

俺が一瞬でも篠原を疑って、けどそれからそのことを後悔して、そのまま気にしないことにしていたあの半紙の件。

…幸い、例のものは生徒手帳に挟んだままだった。




俺は一つ、思い切ってみることにした。



「……あのさー、篠原。」

「あん?なに?」


篠原がふいっとこっちを見る。

俺は、胸ポケットから生徒手帳を出した。

「これ。」

中から半紙を抜き取って手渡す。



「なんだこれ?」

「ま、ちょっと見てみてくれないか?」

「? おう。」



篠原は怪訝そうな顔をしたが、半紙を開けてそれを見るなり。

「……なんだこれ。お前の名前?…てか、自分の名前の漢字間違えて書くなよ。なんだよ、申沢って。」

と、真顔で言った。




………やっぱり篠原じゃなかったと、改めて安心した瞬間だった。


「……はは、いやな、ちょっとさ。自分の名前の漢字をいかに地味に間違えられるかを考えてたんだよ。」

「…それにしても無理やりじゃね?地味っちゃ地味だけど、申沢って……下もよく見たら“言、成”に見えるし。」

「やっぱ…無理やりだよな?」

「おー。…しかも、字がきたねー……これ、お前が書いたの?」

篠原の眉間にしわが寄っている。

「ま、まあ……かなり下手に書いたけど」

「そうか…下手だな………」


篠原はまだ眉間にしわを寄せたまま、しみじみと言う。

俺はなんだか、可笑しくてたまらないような気分だった。



これで、わずかな迷いも完全に払しょくされた。

今図書館に行って、もし例の図書委員がいたとしても、もう動転しない自信がある。




思わずにやりとして、篠原から視線を前に戻す。

ぼちぼちと差し掛かっていた渡り廊下を抜けたらもう図書室だ。


前方からはクラブジャージを着た集団がやってきていた。

俺は軽く肩を引いて、その集団をよけようとする。





その時。

「あ!!!篠原、いた!!!!」


俺の横で、叫び声が聞こえた。

驚いて声がした方を見る。



そこには背の高い、ショートカットの女子生徒。




「げ……吉井?!」

篠原が俺の横で、踏みつぶされたような声を出した。



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