1."A May-day" -c3 『未遂』
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その後、矢吹はしきりに断ろうとする原野さんをのらりくらりとかわし、半ば無理やり押しきるような形で財布探しを開始した。
この日、授業を定刻通りに終え、掃除も済ませた原野さんは、自転車に乗ってこの付近を抜け、裏道に入った。
そこで、ふと前かごに乗せていた鞄に目をやると、サイドポケットのチャックが開いていた。
いやな予感がしたので中を確認してみると、そこに入れていたはずの財布がない。
掃除の前に財布を確認した記憶があったので、学校に忘れたかと思い教室に取りに帰ったが、見当たらない。
これは自転車に乗っている最中に落としてしまったのかもしれないと、彼女は学校から自然公園までの帰り道で財布を探して歩いていたが、全く見つからないので、疲れてベンチに座っていた……
……このようないきさつだったらしい。
俺たちは、まだ原野さんがまだよく探していないと言っていた、裏道のあたりを探していた。
「けど、この道って、原野の家に行くには遠回りだと思うんだよな。」
矢吹が道端に目を凝らしながら言った。
ここは住宅地で、若干薄暗く、視界も良くない。
「2万なんて大金持ってたわけだし、どこかに買い物にでも行く予定だったのかもな。」
「…本とかか?」
「2万円分の本って、どんだけ買い込む気だよ!」
矢吹がカハハと笑う。
俺は道のあちこちを探しながら、矢吹に言った。
「けど、お前、凄く強引だったけど…もしかしたら原野さん、迷惑だったんじゃないか?」
それに、また俺をまきこんだだろ、と。
言おうとも思ったが、止めた。
俺だって、困っている人を見て知らん振りをするのは嫌だった。
いつも怠けて寝ているが、俺の中にだって正義感はいる。
だからってあんなに強引に助太刀を申し入れる度胸はないのだが。
「あん?いいんだよ、原野は昔からあんな感じなんだ。絶対人に助けを求めない。自分がどれだけ困っててもな。だから多少強引にでも言っていかないと……あれ、電話だ。」
矢吹の話を遮るようにリリリリリと携帯が鳴った。
矢吹は俺に「わりい、出るわ。」と断りを入れると、少し離れて電話をとった。
へえ、原野さん、そんな性格なのか。
あの凛とした威勢の良さはそこから来るものなのだろうか?
俺も人に助けを求めないが、俺の場合と原野さんの場合とでは訳が違うのだろう。
少なくとも彼女の場合、俺みたいに“困っている姿を見られたくない”とかいう理由ではないだろうから。
…。
そう考え始めると、俺は、一体、どうしてこんなに…
「えー!なんだよ、いきなりすぎんだろ!!」
俺の思考はそこで途切れた。
矢吹が何やら大声を出して話し始めた。
なんだ、口喧嘩か?
俺は矢吹に少し近づいた。
電話の相手も興奮しているようで、声が大きいのか、音が携帯から漏れて聞こえてくる。
『なに言ってんのよ!約束してたじゃん、今日発売なんだって!!』
「約束した覚えはねえ!!雑誌くらい自分で買えばいいだろ、なんでいちいち俺をぱしるんだよ、お前は!!」
『いいじゃーん、そんくらいー。』
「俺は今忙しいの!!」
『…ふーん。そんなに忙しいなら、ケーキもいらないね?』
「え」
『お母さんがケーキ一個多く買ってくれてるんだけど…、これは私の明日の朝ごはんに決定することにする。』
「…ずりーぞ」
『なら、買ってきて!今すぐ!30分以内!!だっしゅ!!』
「あ、おいちょっと待て、佳代っ……」
電話が切れたようだ。
矢吹はむすっとして携帯をポケットにしまった。
「彼女か?」
「違う。近所のねーちゃん。」
「…なんで近所のねーちゃんにぱしられてるんだよ、お前。」
「こっちが聞きてーよ……、てわけでだ、誠君よ。」
矢吹が俺の肩を掴んだ。…いやな予感がするぞ、これは。
「財布探索ミッションはお前に信託させていただく!!」
「な、お前、自分から言い出しとて」
「わりい!!原野には“矢吹は急用ができて先に帰った、ホント申し訳ない!”って言っといてくれ!頼んだ!!」
「お、おい!!」
俺の呼びかけ虚しく、矢吹は自転車にまたがると俺に後ろ手を振りながら一気に裏道を抜けて、見えなくなった。