7."Dis December" -a2 『開示』
-a2『開示』
「よし、忘れないうちにやってしまいましょう……」
原野さんはパーカーのポケットから二つ折りにした紙を取り出して、机の上に置く。
横のバニラアイスのカップはもう空になっていた。
…やはりこの完食スピード、流石である。
「私の成績は今回、こんな感じです。」
そういって紙を広げた。
…それは、はっきり言って輝かしい成績だった。
特に際立って凄さが分かるのが、席次。
英語2位、現代文15位、古文23位、数学19位……と続く中で、なにより最後の総合順位がすごかった。
「さ、3位……?!」
「うわー…、ユウヒちゃん、今回はがっつり行ったね……」
俺と陽翔さんが感嘆の声を上げる中、流石の我が師匠は、
「当然。」
と涼しい顔をしている。
「これだけいいのは久しぶりなんじゃない?」
「そうね……流石に高校ではそんなに点を取らせてもらえなかったから、確かに中学以来かも。」
「あのころは一桁代を頻発してたよね!」
「まあ、地元の中学だし、そのくらいはできるわよ……。」
さも当然のように言う原野さん。
俺はこの一連の会話に、思わず感嘆の溜息を洩らした。
「……うわぁ……話の次元が違う……」
「いや、そんなことはないけれど」
「いやいやいや……凄いですよ!!冷静に考えてくださいよ、3位ですよ?学年で自分より勉強できる人が後2人しかいないんですよ?しかも、鷹尾高校ですよ?それってめちゃくちゃ凄いです!」
「え?いや、このくらいなら誰でも」
「いや、無理です。絶対誰にでもできることじゃないです。」
俺は原野さんを遮り気味に言った。
「やっぱりすごいですよ、原野さんは。」
…間があった。
そして彼女はいきなり、驚くほど無表情になった。
「……大袈裟。」
返事がそっけない。
あれ、俺、露骨に褒めてたよな…?
「だけど、今回はマコトに教えたおかげかもしれないわ。」
俺の疑問符をよそに、原野さんは真顔を崩さずに言う。
「え…えっ、俺ですか?」
「うん。勉強を教えるのって自分の勉強にもなるのよね…。そう思うと、あたしもいつもの倍近く勉強してたのかもしれない。」
「え」
「やっぱり人に教えるのは大事なのかもしれないわね……」
真顔のままの原野さんは思案するようにこう言う。
俺の頭の上にはてなマーク。
陽翔さんはなんだか微笑んで、俺たちを見ている。
しばらく原野さんはむすっとしたような顔をしていたが、急に我に返ったように眉を吊り上げた。
「いやいや、違う、私の成績なんてどうでもいいのよ!マコトはどうだったの?今回はそっちのほうが大事でしょ!」
「え」
「そうだね!猛勉強の成果、僕も大いに気になるところだよ!」
「…原野さんのあの成績の後に言うのはなんか嫌なんですが……」
「ユウヒちゃんのは特例だからねー。気にしなくていいよ、セイくん!」
「特例ってなによ……とにかくね、マコト。」
原野さんは両手でこぶしを作っている。
「今回はかなり頑張ってもらったわけだけど!決して結果が全てなわけではないのよ!なんていうかこう、努力した過程というものがね、大事なわけであって、つまり、あーーー、結果も努力の成果を図るうえで重要なわけだけれど努力から得られる大切なものがあればそれでいいというか」
「は…はい?」
「つまりね、ユウヒちゃんは“結果が悪くても気にしなくていい”って言いたいんだよ!」
「兄うるさい!!」
「えー、なんで怒られたの?!」
「もういいわよ!!とにかく、結果を見せて!!」
右手をこちらに差し出して催促する原野さん。
俺は慌てて鞄から成績用紙を取り出し、原野さんに渡した。
俺の成績は、決して原野さんほど輝かしいものではない。
だがしかし、だ。
今まで勉強を殆どしていなかった状態から、この一か月近く必死になって勉強して掴み取ったこの成績は、俺としては中々満足できるものだった……のだが。
これが原野さんの目にどう映るかはわからない。
恐々、反応をうかがう。
原野さんは俺の成績表をなめるように見ている。
陽翔さんも隣から覗き込んでいる。
「…ふむ。」
「へー、セイくんは現代文が得意なんだねえ。50番って、結構良いんじゃない?」
「そうね…古文もなかなか。…けど、英語よ。これじゃないの、足ひっぱてるのは…」
「…確かにね……まあ、総合順位は?」
「そうね、総合順位は……?」
「…お!!92位だね!!」
「なるほど…」
陽翔さんはうれしそうに俺の肩を叩く。
「すごいね!!頑張ったじゃないセイくん!!」
「あ…ありがとうございます!!」
「すごく努力したんでしょ?結果につながってよかったね!!」
「はい!俺も、100番を切ったことなんてなかったから、もう嬉しくて…!!」
「うん、2の8乗からしたら大きな進歩ね。」
「は、原野さん!!」
「お!ユウヒちゃんが褒めた!!珍しい!!」
「…なによ、褒めるときはきちんと褒めてこその指導よ。」
「……いつもはあんなにスパルタなのにね」
「あはは…」
「そこ!!うるさい!!!」
努力して得た結果はそれなりのものだった。
原野さんも、まあ、褒めてくれたし。
ミルクティーの香り、炬燵の暖かさ、楽しいひと時。
俺は満足だった。