6."11 SAMURAIs" -g2 『対峙』
-g2『対峙』
「ナカザワ、なかざわ、中澤誠………そう、我々が同朋にして反逆者…。友よ、まずは話をしようではないか。」
教室の中央に置かれた大きな畳に座り、向かい合ってそれから、フランソワ先輩はこう言った。
また、いつもの片言からは想像もつかない自然すぎる日本語……だが、それを突っ込める雰囲気ではない。
目の前には先輩を中心にして、三人が座っていた。
俺は、フランソワ先輩を見る。
それ以外の人は見ないようにした。
余計な緊張はしたくなかったのだ。
「まずは良く来てくれた……正直、我々は君が来ない可能性も考慮に入れて今後の活動・対策を検討していた。だが、君は来た………それだけでも第一の関門は突破したと思って貰って良い。」
「…はあ。」
「我々の申し出、良く受ける気になってくれた。正々堂々……それこそが真の侍の魂、真髄だと我々は思っている。友よ、君はどういう決意でここに来た?今、どんな心境だ?」
「………約束は約束……ですので。それに、負ける気はありません。」
「はははは!!それでこそ我が同朋だ、中澤誠!」
フランソワ先輩は笑う。
俺は笑わない。
だが俺には構わず、先輩は続ける。
「我々には11人の中枢幹部が存在する。ここに座ってもらっているのはその中でもより核に近い二人………私が背中を預ける優秀な人材さ。君から見て右に座っているのが、Mr桐谷だ。」
「……僕の顔は、少しくらい見覚えがあるんじゃないかな?」
俺の右側から声がした。
俺はちらっとそちらをみて……ぎょっとした。
その顔に見覚えがあったのだ。
右側に座っている、赤いセルフレームの眼鏡をかけた、彼は………
「君たちがいつも勉強していた図書室では、良くお目にかかったかと。」
そう言って彼は眼鏡を直す。
「と…図書委員の」
「ご明察。」
いつもの図書委員…桐谷君は、そう言って口の端で笑う。
俺は少なからず動揺した。
そんな、これじゃ、いつも図書室に居たこの人は、ということは…
「友よ……君の行動がどれだけ我々に筒抜けだったか、これでご理解いただけたかな?君のルール違反を近くで見続けた彼の気持ちを推し量ると、胸が痛むこと荊の道を行くが如し…………だがしかし。彼の存在も忘れてはいけない。そうだろう?Mr田辺。」
「自分は、桐谷さんほど、大したことは、しておりません、隊長。」
左側から聞こえてきた声。
俺は恐る恐る視線を向けて…また、ぎょっとした。
筋肉質で、短く刈った短髪がいかにもスポーツマンといった感じの、この男子生徒には見覚えがある。
忘れたくても焼きついて忘れられないあの光景の中の彼。
五月、俺が原野さんを知るきっかけになったあの告白現場……その時の彼の名前も、確か……
「自分は、1-4、16番、田辺俊彦。原野嬢には五月、一目見かけたときから、親愛を捧げている。」
やっぱり……。
俺はまた、動揺した。
あれだけ静かな状態だった精神状態は、もはやガタガタだった。
「彼も、それはそれは暗躍してくれたものだったよ。毎日放課後遅くまで、君達が帰路に就くのを陰から偵察してくれていたのだ……。それによりやはり、友よ、貴殿が我々にとっての不安因子である事が確定的事実になったのだ。そう、そして我々の作戦はスタートした。」
「さ、作戦…?」
「サクセン、さくせん、作戦………それは緻密かつ繊細な作業を求められる極限の駆け引き……。これは君も知る所で在るだろう。我々の警告、気付かなかった訳ではあるまい。」
「あれは警告……だったんですか。」
「その通り!!」
先輩は声高らかに言う。
「嫌がらせでは決してないのだ、友よ…もし勘違いが在れば我々もそれは不本意なのだ…ここで弁解させてもらおう。あれはケイコク、けいこく、警告なのだよ。君という存在を注視する者の存在を知らしめる為の…さ。作戦は緻密に、繊細に、計画を遂行することでのみ達成され得る………私の指揮の基、10人ものSAMURAISがそれを遂行したのだよ。」
「や……やっぱり、10人…」
「おや、在る程度推し量っていたのかね?これはこれは、君もなかなかの洞察力、推理力を持っているらしい。」
末永の推理は当たっていた、ということか。
俺は静かに自分を落ち着ける。
知らず知らずのうちに、俺は強力な助っ人を得ることに成功していたらしい。
もしこの場でこの人数を聞いていたら…確実にもっと動揺していただろう。
「面白い……益々面白い、中澤誠よ!」
「………。」
「唯陽嬢が取入られる隙を与えてしまった理由もこれで納得がいった。……これは我々も、いつまでも舐めてかかっていてはいけないようだ!海のごとく深き教養、煌めく一瞬の判断、そして移ろう状況に瞬時に対応する適応力……それを図るのに、”One hundred poets, one hundred poems”は最もふさわしい……君は奇しくも、この決闘に向いた存在だったということか!!嗚呼、何たる偶然、ぐうぜん、accidentallyなのだろう!!」
「……あの」
「なんだね、同朋!」
「……ひとつ、聞いてもいいですか?」
「…いいだろう、我々の答え得る範囲でお応えしよう!」
高らかに言う先輩。
静かに控える桐谷君、田辺君。
サイドには、俺達を取り囲むように何人かの人影。
俺は一つ息を吐き出し、言った。
「あの半紙……あれは貴方達、ですよね。」
「ハンシ、はんし、半紙……墨の黒を受け止めし白きCampas……。そう、あれも我々の作戦の一つであった。いつの間にか届けられる不吉……どうだい?影に身を隠した我々の存在がより感じられただろう?」
「………そうですね、とても…。」
「Japaneseは己が真名に誇りを持つもの……翻って、それを間違われることを嫌うものだ。これは我が作戦の中でも特に秀逸を極めるものだった…。」
「………あれは、……誰の仕業、ですか?」
「……ほう?“誰”と。」
フランソワ先輩は眉を寄せる。
「なぜそれを知らんと欲する?」
「…俺にとって、それが一番…大きな問題だからです…!」
たたみかけるように続ける。
思わず声が大きくなった。
「誰、ですか…?!」
「………。」
フランソワ先輩は、すぐには答えなかった。
サイドに少し視線を投げて、…そして。
「残念ながら、それにはお応え出来ないようだ……友よ。」
「え?!」
「真実を知ることがいつも正しいとは限らないのだよ。謎は謎のまま、置いておいた方がより深みが増す、そういうものだろう?」
「そんな!!」
俺は身を乗り出した。
「聞かれるとまずいことでも…!」
「……時間だ。我が敵よ。」
「え?!」
「君と我々は、テキ、てき、敵……必要以上の慣れ合いは出来ぬ相容れぬ存在なのだ。ここで君には、今回の試合条件を確認してもらおう。」
身を乗り出した俺に、左から手が伸びてきた。
田辺君の腕が、俺の肩を押し、元の位置に戻らせる。
俺は奥歯を噛んだ。
駄目だ。落ち着け。冷静になれ。
「君は挑戦者だ。そして我々はそれを待ち受けるもの。それなりの準備はあって当然、そう思うだろう?」
「………そうですね」
「……試合形式は、3対1の一発勝負だ。」
「さっ…?!」
「そうだ。挑戦者である君は一人で闘って貰う。反逆者はこれくらいのハンデを負って貰わなければ、ね。」
フランソワ先輩は不敵に、笑う。
俺は無理に口を引き結んで、笑わない。
「試合を下りるかね?我々はそれでも一向に構わない……いや、むしろ喜ばしい。君のような人材が我が同盟に同士として加わるのは、大変喜ばしい事だからさ!」
「…………。」
目を閉じる。
動揺していた。
落ち着け、落ち着いて実力を出せなければ、勝ち目はない。
息を整えて。
「………やります。」
俺はじっと前を見た。
目の前の先輩の顔から笑みが引く。
「…そうか。残念だ。」
フランソワ先輩のこの言葉が合図だったのだろうか。
周りにいた男子生徒が、俺達の前に百人一首の札を並べていく。
少し間を開けたことで落ち着いたのか、さっきまでの動揺は薄れていた。
この長話はきっと、俺の集中と平静を奪う作戦の一環だったのだろう。
ここで負けるわけにはいかない。
札を見詰め、再び息を整える。
配下になんて、下るものか。
絶対に……勝つ。
静寂の中。
「イザ………………血戦ダ………!!!!!!」
フランソワ先輩の宣言が響く。
3対1は、確かに不利かもしれない。
だがしかし。
札が読まれ
俺は
一瞬で札をはじいた。
眉を吊り上げる桐谷君。
口をあんぐり開ける田辺君。
そして、目を見開くフランソワ先輩。
俺はこの三人には絶対に負けない。
なぜなら。
陽翔必殺光速取りをマスターし、かつ、小学生時に昔遊びクラブに所属中『不敗の中澤』と恐れられた俺に、死角などないのだから。