6."11 SAMURAIs" -f7 『要求』
-f7『要求』
理解の容量を超えた出来事が起こった時、人間は頭の働きを一端止めてしまう。
恐らく脳内オーバーヒートを防ぐための自己防衛なのであろうが、それは今この瞬間の俺にも例外なく当てはまったらしい。
俺は暫くの間、完全に止まっていた。
…というか、ぽかんとしていた。
フランソワ…基、シュナイダー・H・明星先輩。
鷹尾高校二年生。
ドイツ人とのハーフ。
1カ月で11人斬りの達成者……と、俺が勘違いしていた人物。
だがしかし、彼は11人斬りの達成者ではなかった。
全くの無関係だったわけでもなく、その11人のうちの一人だった、と。
しかも。
「た………隊長……」
俺がやっとのことで口にした言葉はこれだった。
「たいちょう、タイチョウ、隊長……ソレハ重キ責任ト時ニ重大ナ任務ヲ担ウ者…。ソウ、私ガ隊長ダ。」
フランソワ先輩はゆっくりと大げさに両手を広げ、宣言する。
「ナカザワマコト……貴殿ノソノ我々ノ努力ノ日々ヲ無下ニスル愚行ノ数々、暫ク観察サセテ頂イタ。」
「え…あ、はあ…」
「……貴殿ガ唯陽嬢を放課後ノ図書室ニ拘束シテイル事実、我ガ11SAMURAISガ気付カナカッタトデモ思ッテイルノカ!!!!」
「え…え?!拘束?!」
「我々ガ日々ドンナ思イデソノ様ヲ見テイタカ……貴様ニハ………分カルマイ………!!!」
フランソワ先輩は奥歯をギリギリと音がしそうなくらい大げさに、噛みしめる。
「こ…拘束なんて、そんな!!俺達はただ、勉強を」
「ワザワザ勉強スル為ダケニ!待チ合ワセヲ行イ!席ヲ各歩シ!!挙句共ニ下校シ!!!アロウコトカ周囲ニ察サレニクイ5時カラニ時間ヲ移シタトイウノカナカザワマコト!!!!!!」
「うおあ!!!!」
いきなり距離が詰められて、目前に先輩の顔面。
俺はとっさに一歩下がったが、後ろの机のせいでうまく距離が開けられない。
先輩の危機迫る形相は、まるで血の涙でも流しているようだった。
「ちょ、先輩、近、てか、誤解で」
「何ガ!ドウ!!ドノヨウニ!!!誤解ダトイウノカネ!!!!」
「いや、その」
「イイワケモデキナイトイウノカネナカザワマコト!!!!!!」
やばい、聞き取れない!!
さっきから何を言ってるのか分かりにく過ぎて会話のテンポに乗り遅れてる!!!
どんどん増してくる攻撃的なオーラに気圧される。
焦って手のひらが湿っているのが分かる。
このままじゃいけない。
何か、何か言わなければ!
「いや、先輩、えっと、は…原野さんとは、その、友達、というか」
「ト モ ダ チ !!!!! ナンテアツカマシサダナカザ」
「いやいやいやいや!!友達でなく、なくですね、えーっと……あ、あ!そう、知り合い」
「シ リ ア イ !!!!! 知リ合イナドトイウザッパナcategorizeヲ彼ノ女ニ適応スルナド」
「いや!そうでなくて!!違います、えっと!!!」
「貴様ガ今現在行ッテイル行為ハ、ハラノユウヒ嬢ヲ独占スル許シ難イ行為デアリ、最近ノ貴様ノ愚行ハトイウト遡ルコト二ヶ月前ノ文化祭アノ時ハアロウコトカユウヒ嬢ノ親族デアラレル兄上ヲモ懐柔シ」
「えっとですね!!俺は原野さんのファンなんですよ先輩!!!!ファンなんです!!!!凄く!!!!」
言葉の応酬の中、俺は呪文のような日本語を遮って、一段と大きな声で叫んだ。
「……ナニ?」
すると先輩は、今まで何を言っても浴びせかけてきた怒涛のような呪文をぴたりとやめた。
一瞬辺りが静まりかえる。
「……ファン……ダト?」
先輩は金色の眉を寄せて言う。
…『ファン』というワードに反応したのか?
ようやくこちらの話を聞いてくれるかもしれないし、相手の言っている内容も分かるかもしれない。
今までずっと、なにか文句をつけられている事は分かったが、何を言っているのか分からなかったのだ……先輩の話す日本語のような何かは、俺程度の国語力では読解出来なかった。
取りあえず、相手がしているのであろう無茶苦茶な解釈だけでも止めてもらわなければ、大変なことになりそうだ。
話を聞いてもらえる内にたたみかけなければ!
「そ、そうなんです。ファンで……それで、偶然、彼女のお兄さんと友達だったので知り合いになって、たまたま文化祭……そう!文化祭です!それで最近は、テストも近いし……一緒に勉強しよう、って……そういう、はい。て、訳で」
俺の言葉の後、また沈黙が流れた。
先輩は何やら探るようにこちらを見ている。
「………、ファン。ファン、ト……偶然兄上ト友人……フム、偶々…偶然……accidentallyニ………」
「そ、そうです、あくしでんたりーなんです!!アクシデントです、ほんと、ボクもほんと不本意で」
「………成程、君も本来は“憐憫たる我々の同士”、と……これが真実なのかな?」
「…………はあ?」
……思わず心の声が出てしまった。
いきなり聞き取りやすくなったと思ったとたんの難解な言い回し。
「ふぁん、ファン、FAN……それは我々と同じ悲しき立場………。彼女に直接愛をささやくことが叶わず、同じ意を共有する者同士、眼下の彼女の面影を微かに感じながら語らうことのみを許された同朋………」
「え?…え」
「そうか………君も、またその一人だったのだね…。」
「あ、え、えっと」
「だが同朋よ」
「え」
「同朋は同朋同士、やはり守らねばならない一線というものが存在する。」
「は……はあ」
「その為に結成されたのが11SAMURAIS………彼女のファンという立場を続けるにあたっての暗黙のルールを定め、ともに同じ線上で彼女を見守ることを決意する……我々が集いし理由はこれだ。我々はこれを順守し、その上で彼女と親密になるべく日々努力を続けているという訳だ。いいか、友よ。」
「と、友、」
「同じファンならファンとして、飛び抜けた行為は許されないのだよ…。我々はそれをわきまえている。同じ、……同じ彼女に振られた仲間として、飛び抜けた愚行によって彼女に迷惑がかからぬよう、互いに監視しあう役目も担っている。それが何を意味するか、分かるかね、友よ。」
「え、………。……わかりません…」
「我々自身は!彼女とどうにかこうにかと!!なりたいという感情は!!!もうとうに捨てているということなのだよ!!!!」
「うおあっ、はいなるほど!!!」
「まああわよくばむにゃむにゃ…ということは皆思っているかもしれないがそれはそれだ………彼女を陰から支える……これが我々の真の目的。まるでサムライのように、だ。」
「な、なるほど」
「しかし、友よ。」
「はい」
「その点にのっとって、己の行動を良く、良く、振り返って見たまえ。すると、己の愚かさが見えてくる。」
「…は、はあ」
「君の!!!今までの行動は!!!!我々11SAMURAISの活動倫理に!!!!!大きく反しているということが!!!!!!」
「ちょ!!」
「これは許されない……この点だけは、我々にとっては許されない一線を越えているのだ、中澤誠よ……君の“抜け駆け”はそこまでの行為なのだ。」
「そ、そんな抜け駆けなんて」
「そこでだ。我々から貴殿に申し渡しがある。」
「申し渡し?!」
「そうだ。我々は己らが理念をいきなり、無理やりに押しつけるようなことはしない。貴殿の立場はこの度の話し合いで理解することができた。この正々堂々の要求を呑み、かつ我々を打ち負かすことができるのならば、我々は貴殿の存在を認めることを約束しよう。だが、貴殿が我々に負けたときは……我が11SAMURAISの配下に下ってもらおうではないか!!!!!」
「は、配下?!それって」
「なに、彼女との関係に関して、我々の活動理念に基づいて活動してもらうということだ。我々が認められないような人材を、野放し状態で彼女のもとに置く、など恐ろしくて出来はしないからね。我々と理念を供にし、抜け駆けのないよう気を配ってもらおう。」
「そ、そんな」
「それが嫌なら我々の申し渡しを受けるのだな、中澤誠よ。」
フランソワ先輩は俺からゆっくり離れた。
そして、大きなモーションで右手を持ち上げ、まるで推理小説の探偵が犯人を言い当てるかのように、俺に人差し指を突き付け。
「ナカザワマコトヨ!!!”The Hundred Poems by One Hundred Poets”ニヨル決闘ヲ申シ込ム!!!!」
高らかに宣言した。
理解の容量を超えた出来事が起こった時、やはり人間は頭の働きを一端止めてしまう。
俺はまた、その場にぽかんとつっ立っていた。
いきなりの流暢な日本語、11SAMURAISの理念、突き付けられた要求、前触れなく元に戻った言葉づかい、そしてハンドレットポエム……なんちゃらでの決闘。
俺はこの状況にどこか突っ込むべきだったのだろうか。
いや、なにより。
また厄介事に巻き込まれたということだけは、嫌という程分かった。