6."11 SAMURAIs" -f4 『暫定』
-f4『暫定』
「原野唯陽。入学してから1カ月ちょいで11人に告白されて、全員をすっぱり振った。なのに振られた全員が揃いも揃って、原野さんを嫌いになったり諦めたりするどころか、よりファンになって帰ってくる。……ていうか、この話って『原野唯陽といえば』っていうくらい有名な話題なんだけど、ほんとに知らなかったの?」
末永は茫然自失の俺に問いかけてきた。
俺はというと、驚きすぎて口が開いていたのか、口の奥が渇いている。
「……初めて聞いた……。」
「俺はこの噂とセットで原野さんの存在を知ったけどね。」
「……いや!俺も話自体は知ってるんだ!けど、矢吹が違う人のことだって……」
「じゃ、それ矢吹が間違ってるよ。」
末永はバサッと言う。
「……うそ……」
「ほんと。」
矢吹……あいつ……。
俺は、あてになるようで全くあてになっていなかった矢吹の情報網(というか、推測)を呪った。
フランソワ先輩だと、あいつがあんなに自信満々にいうから…。
俺の眼下に、なびくサラサラヘアーと輝く歯がフラッシュバックしてくる。
だが次に思い出したのは、我が師匠は、そのフランソワ先輩をもディナーに誘わせていたということだった。
…なんだか急にがっくりと来る。
親衛隊なんて…なんでこんな大切なことを、今まで知らなかったんだ……!!
『原野唯陽のことを知っているようで全く知らなかった』
この事実が、重い。
末永は何か察しているのか、凹んで頭を突っ伏した状態の俺の肩をポンポンと慰めるように叩いてきた。
「まあそんなこんなでさ、その時連続で振られた11人を筆頭に結成されたのが自称『原野唯陽親衛隊』なわけ。」
「…………。」
「まぁ、本人の許可が得られるわけ無いから、何時までも『自称』だけどね。」
「……なるほど。」
「今でも水面下で地道に人数を増やしてるらしいけど、熱心なのはやっぱりその11人みたいだよ。」
「……え、増えてるのか?人数」
「いや、幹部は11人のままで下っ端が増えてる感じかな。篠原も言ってたでしょ?『クラブの先輩が原野さんと親しくなる為に地道な活動をしてる』って。きっとその先輩は下っ端なんだろうね。」
末永はにやっとする。
「篠原もそのメンバーだったりしてね、ははは」
「……やめろそれ、笑えない……」
俺はもっと大きく肩が落ちるのを感じた。
……まじで笑えなかった。
「ん…そう?」
末永は小首を傾げて、不思議そうに言ったが、もうこれ以上この話題は引っ張らない事にしたらしい。
「ま、なんにせよ、これでほぼ確定だね。きっと君に色々としかけてきてるのは『親衛隊』メンバーだよ。」
末永は紙の右下のスペースに『親衛隊』と書いて丸でぐるぐる囲んだ。
そのままそれをぐるぐるなぞっている。
「けど、気になるのはやっぱり半紙だよね……一体いつ入れてるのか。」
「……そうなんだよな…」
「イマイチ解らないよね、そんなに隙が在った訳じゃないと思うし。」
「うん…数学の問題集を持って活動してることが多かったし、タイミングが……」
その時だった。
「……あれ?誠とすえじゃん!!」
いきなり入口付近から声がして、ツンツン頭がぴょんと顔を出した。
……矢吹だった。
「………矢吹てめえ」
「中澤落ち着いて」
「あえ?!え、誠、どうした?!」
とっさのことに、思わず怒りが噴出してしまったが、末永に抑えられた。
いけない。
いくら間違った情報を教えられたからといって、怒ってはいけない。
「てか、何やってんだお前ら、美術室で。……あ!もしかして掃除サボりだろ!?」
「お前もだろ矢吹、ほんと矢吹だなお前は」
「中澤落ち着いて」
「えっ、なんだよ誠、さっきからオレっちに冷たくねえ?!」
矢吹が悲しそうに眉根を下げている。
……だめだ、やはり内心が出てしまうようである。
もっと落ち着かなければいけない。
落ち着け、ほんと。
「なんだよーせっかく見つけたから声かけたのにー。ツレネー!」
「けど、ほんとタイミング悪いね矢吹。」
「え?!なに、すえまで?!ひでぇ!!」
なにやら抗議しながらこちらにやってくる矢吹。
「…ん?なんか書いてんの?」
目ざとくテーブルの紙を見つける。
しまった、矢吹に教えたらまた色々と面倒なことに……!
俺ははっとしたが、隠すのにはもう遅い。
矢吹はじーっとメモを読んでいる。
「…何これ。ゲームのイベントリストかなんかか?」
「あー…。……これ、中澤が読んでる小説内の出来事のリストなんだ。…な?」
末永がこう言い、目配せをしてくる。
状況を察して助け船を出してくれたのだ。
これは、乗るしかない。
「あ……、あ、おう。そう、最近ちょっと読んでて……。」
「続きが気になるらしくて、一緒に推理してたってわけ。」
「えー!なんだよそれ!!すっげー楽しそうじゃん!!俺も混ぜて!!」
…相変わらずの、素晴らしい食いつきである。
だが、どうしよう。
あまり突っ込んで話したら…。
俺はそっと、末永を横目に見る。
末永はちょっと頷いて。
「そこでなんだ、矢吹にも意見が聞きたい。」
末永は、矢吹に状況を話し始めた。
『中澤誠の個人名称』は全て『主人公の個人名称』で括って、俺が受け取った半紙の話を順を追って説明していく。
名前が微妙に間違って書かれた墨字の半紙のこと、それが毎日いつのまにか数学の問題集に挟まっていたこと、『主人公』はいつも問題集を持ち歩いていて、荷物をそこらへんに放っておくようなことをしないこと……。
「んー……」
説明が終わると、矢吹が珍しく真剣に考えた様子を見せた。
少し首をかしげている。
「情報それだけなんだな?」
「うん。だよね?中澤。」
「そうだな、それで大体全部だと…思う、多分。」
「むー。なる程……、本文読んでねぇから伏線とかわかんねぇし、あれなんだけど…」
矢吹は事も無げに言う。
「そら、あれじゃん?おんなじクラスの中に犯人がいるんじゃねーの。おんなじクラスだったら荷物にも近づきやすいし、何より主人公の行動パターンも見えるだろ。」
「…だよね。俺もそう思う。」
末永は頷く。
「その可能性が一番高い。…今現在の情報だけだったらね。」
末永はもう一度頷いた。
裏付けが出来たとでも言うようだ。
矢吹も矢吹で、自信ありげににんまりしている。
その様子を見て。
「………そうか。」
…あー、やっぱり篠原なのかなあ、と思う。
原野さんファンで、同じクラスの、篠原啓太。
…またひとつ、しかも今度はかなり強力な後付けが出来てしまったなあと、考える。
俺はとうとう、一番捨てたかったこの説を、現実的な可能性として捉えなければならなくなってしまったらしい。
俺は、ため息をついた。