1."A May-day" -c2 『切迫』
-c2 『切迫』
5月31日、放課後。
今日は最後の授業が大幅に延長し、掃除を済ませた時にはもう本来の終了時刻を大幅に過ぎていた。
今日は珍しく真面目に掃除していた(逃げ切れなかったのだろうか)矢吹と合流した俺は、帰り道をのんびりと歩いていた。
俺は高校から少し離れた所に自宅があるので、電車通学をしている。
一方矢吹は家が高校の近所のマンションなので、自転車通学だ。
だから一緒に帰るといっても、本来は高校から駅までのほんの短い間なのだが、今日は特に急ぐ用事もなかったので、高校の近所にある総合体育施設(大きな貝殻みたいなドームが立っている)の付近を散歩して帰ることにした。
「タッチパネル付き2画面ゲーム機の最新モデル!カメラ付き!!待ちに待った!!明日発売だ!!」
「え、とうとう明日発売なのか?!」
「そうだぜ!前回のモデルチェンジからもう3年たってるからなー、やっとって感じだ!」
矢吹は自転車を押しながら、興奮した様子で目をキラキラさせている。
俺も少なからずゲーマーなので、この話題には冷静ではいられない。
「確か大画面になるんだよな!」
「おう!一回り大きいぞ!!」
「あー、けど、俺前回のモデル持ってるからな…とり急いで買わないかもしれない。」
「えー!!なんでだよ、これは速攻で買いだろー!!」
俺たちはワイワイ話しながら、体育施設の敷地を抜け、隣接する公園の入り口付近までやってきていた。
公園は結構広さがあり、木や花壇の花、時には足もとに生える雑草などで自然を満喫することができる。
ベンチもいくつか備え付けてあるので駄弁る時にも便利だった。いつもそのベンチは空いているので利用しやすい。
だが、今日はそこに。
あの時、田辺君を振っていた彼女が、一人で、座っていた。
俺はギョッとした。
まさかこんな所でもう一度出くわすなんて思っていなかった。
このまま真っすぐ公園に入れば、絶対に彼女の眼の前を通らなければならない。
俺は普通にそれをできる気がしなかった。
絶対、変に意識してしまう。
不審に思われてしまう。
だからと言ってここで急に方向転換をするのは不自然すぎる。
第一、その場合矢吹になんて言い訳すればいいんだろう?
俺はとっさにその解答が思い浮かばない。
ああ、もう、なんでこんなことになるんだ。
こんなことなら、寄り道なんかせずに真っすぐ駅に行っていればよかった…。
グダグダと後悔しながらも、もう仕方ないと諦めたその時。
「あれ?原野じゃねーか。」
矢吹が彼女に声をかけた。
「うへ?!」
思わず間抜けな声が出た。矢吹が俺の方を向いて
「ほら、前に言ってただろ。12年間同じクラスだった奴だよ。」
と補足。
…あの時の美人さんって、彼女のことだったのか?!
彼女…原野さんは、俺達の方を向いた。
しばらく俺と矢吹を交互に見ていたが、矢吹の顔をじっとみて、ハッと思いだしたような表情をすると、
「あ、ヤブキ。」
と言った。
まるで“今まで忘れていたけど、何とか思い出した”といった感じだった。
「久しぶりだな、こんなところで何してんの?」
矢吹が気さくに話しかける。
原野さんは相変わらずきちっと制服を着ていて、ベンチの横に自転車を止めていた。
「あー、うん。ちょっと。」
「誰か待ってたりするとか?」
「いや、誰も待ってない。」
「じゃあ日向ぼっこか!」
「うーん…ちょっと違う。」
矢吹と原野さんがそんな会話をしている間、俺は半歩ほど後ろから矢吹の陰に半分隠れるようにして原野さんを見ていた。
相変わらず凛とした雰囲気を醸し出している。
だが、今日は前回見た時より、自信というか、そういう強いオーラを感じないように思った。
狼狽したような、疲れたような…。
そういえば原野さん、手元と足元が不自然に土で汚れている。
どうかしたのだろうか。
それはまるで、膝をついて地面を探ったような汚れ方だった。
「…探しもの…?」
無意識のうちに呟いていた。
矢吹が俺を振り返る。
原野さんの視線がこちらに向く。
俺は二人がこちらを向くまで、自分が声を出していたことに気が付いていなかったので、注目されて逆にびっくりした。
「え、えー、あ…いや…、手……手と足が汚れてるから、ほら、何か探したのかな、と…」
…情けないほどうろたえてしまった。
すると原野さんは少し驚いた顔をした。
「よくわかったね…。うん、そう、ちょっと探し物をしてて。」
「へえー、そうなんだ。もう見つかったのか?」
矢吹が応じる。矢吹も感心したような視線を俺によこしていた。
「まだ。けど、大丈夫。ひとりで探すし。」
「ちなみに、何を落したんだ?」
「いや、ちょっとしたもんだよ。」
「ふうん。キーホルダーとか?」
「んー、…財布。」
「・・・・全然ちょっとしたもんじゃねえじゃん!!!」
矢吹が容赦なく突っ込んだ。原野さん相手でも矢吹は矢吹のノリのままである。
「うわー、それ凹むわ……いくら入ってたんだ?」
「え…うん。2万円。」
「・・・・普通の高校生が持ってる金額じゃねえよ、それ!!!」
その通りだった。
なんでそんな大金を学校に持ってきていのだろう。
「めっちゃ緊急事態じゃねえか、それは!」
「うん、まあ…」
「一緒に探してやんよ!な、誠?」
「?!」
俺は声が出なかった。
…なんで余計なところで声が出て、今出なかったのだろう。
しかし矢吹は俺の同意も待たずに話を続ける。
「一人よりもきっと見つかりやすくなるぜ、原野!」
「え、いいよ、一人で探すし…それに、迷惑かけたくないし…」
原野さんはちょっと困惑した様子で矢吹を制そうとしている。
…これってもしかして、迷惑がられてるんじゃないのか?
だか、持ち前のまっすぐな正義感に火がついてしまった矢吹を止められる人間は、この場にはいなかった。
「いや、なんせ2万円だ、絶対早く見つかった方がいい!!手分けして探そうぜ!!」