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『赦灯シリーズ』  作者: 言諮 アイ
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あなたの灯りを、わたしが継ぐ

 岬の灯台に、ふたたび春が訪れた。


 アカリとレンは、舗装されていない小道を歩いていた。

 草は少し伸びていたが道の輪郭はまだ保たれていた。かつて灯台を目指した人々が、この場所に通った痕跡のように。

 灯台の扉は、開けたときと変わらぬ音で軋んだ。

 けれどその響きがどこか優しく感じられるのは、ここが“罪の場所”ではなくなっていたからだ。

 


「ただいま」


 アカリの声はごく自然だった。

 この場所が自分の時間を止めた場所であり、そして今日、再び動き出す場所になることを彼女はわかっていた。


「灯台って……やっぱり、不思議な場所ですね」


 レンが静かに言う。


「光を出すだけじゃない。“誰かの時間”が溜まってる感じがする」

「そうね。灯りって、きっと“記憶”なのよ。あのとき何を選んだか、誰を想っていたか――全部が、そこに差し込む」


 アカリは階段を上がりながら、小さく息をついた。


「私、ずっと“間違えた”と思ってた。あの夜、灯りを止めたことが、命を奪ったって」

「……でも、それは違ったんですよね」


 レンが手にしたのは灯台記録室で見つけた旧式の記録だった。

 そこには、事故当日――嵐による電磁異常で、光源が自動遮断されたこと。アカリの判断は、むしろ“安全回避”のためだったことが記されていた。

 彼女は目を閉じていたが涙はこぼれなかった。


「救えなかったことと、間違っていたことは、同じじゃないのね」

「はい。でも……誰かを守るってことは、たぶん、ずっと“分からないまま信じる”ことなのかもしれません」


 レンの言葉に、アカリは微笑んだ。


 



 


 灯塔の上。風は穏やかで、遠くに白い帆が一つ海を渡っていた。

 レンが操作盤を確認しレンズに手をかけた。


「準備、できました」

「お願い」


 アカリの声に応えて、レンはスイッチを押す。

 数秒後、灯台の光がゆっくりと回り始める。

 白い光はぐるりと海をなぞり、空に淡く広がっていった。

 それは、ただの光ではなかった。


 ——ある母が子に託した言葉。

 ——赦されないと思っていた娘の涙。

 ——名前すら残らなかった少年の旋律。

 ——それを届けた人たちの、無名の祈り。


 すべてが、今、ひとつの“灯り”になっていた。


 

「この場所、私が守ってきたと思ってた。でも、違ったのね」


 アカリは鍵を手に取る。


「灯りって、“託す”ものだったんだわ」


 彼女はその鍵を、レンの手にそっと置いた。


「これからは、あなたが灯す人。誰かのために、迷った人のために。そして、自分のために」


 レンは、何も言わずに受け取った。

 小さな銀の鍵。それはひとつの時代の終わりであり、新たな始まりだった。


 



 


 灯台のふもとには、いくつかの“贈り物”が届いていた。

 木箱に入った、子どもの描いた青空の絵。

 折り鶴を詰めた紙袋。

 “ありがとう”とだけ書かれた、手書きのメモ。


「全部……届いたんですね」

「ええ。“想い”って、届かないこともあるけど、消えることはないのよ。誰かが引き継げば、それはまた灯る」


 アカリがふと、遠くの海を指さした。

 船が、小さな点のように光を放ちながら進んでいる。


「あの船、きっと……」


 彼女の声が言葉になる前に、レンが頷いた。


「ええ。“灯り”を見て、前に進んでる」


 



 


 夕暮れ、アカリは最後に灯台の階段を降りた。

 レンが入口の鍵を確認して、灯台の扉を閉める。

 それは「おわり」ではなかった。

 ここにまた戻ってくる。

 そして、ここで灯りを守り続ける者がいる限り誰かの魂はまた歩き出す。


 

 風の中、アカリが言った。


「私、あなたに会えてよかった。……本当に」

「俺もです」


 二人は並んで歩く。何も特別ではない小道。だがそこには確かな“光の記憶”が残っていた。

 赦しは終わりじゃない。

 それは、誰かと手を取り合って、生き直すためのはじまりだった。


 

 そして、灯台は今日もまた――

 名もなき誰かのために、静かに灯っている。

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