冷たい触覚4
次の日、大学のキャンパスで、また高槻くんに会った。偶然だった。私が売店で昼食のパンを買おうと列に並んでいると、彼が後ろから声をかけてきたのだ。
「あ、水面さん。こんにちは」
昨日と同じ、屈託のない笑顔。私はまた、どう反応していいか分からず、小さく会釈を返すことしかできなかった。
「昨日はどうも。学生証、ちゃんとあってよかった」
「……うん」
「水面さんって、いつも一人なの?」
唐突な質問だった。私は少し驚いて彼を見た。彼の目には、好奇心と、ほんの少しの心配のような色が浮かんでいるように見えた。
「……別に」
そう答えるのが精一杯だった。本当は、いつも一人だ。一人でいることを選んでいるわけではないけれど、結果的にそうなってしまっている。
「そっか。もしよかったら、今度、みんなでご飯でも行かない? 俺の友達、何人か紹介したいんだけど」
悪気のない、本当にただの提案なのだろう。でも、私にとっては、それはあまりにもハードルの高い誘いだった。
「……遠慮しとく」
私の声は、自分でも冷たいと感じるほどだった。
高槻くんは、一瞬、傷ついたような顔をした。でも、すぐにまた、いつもの笑顔に戻った。「そっか、残念。じゃあ、またね」
そう言って、彼は自分の買うものを選び始めた。
私はパンを買い終えると、逃げるようにその場を離れた。彼の視線を感じたような気がしたけれど、振り返ることはできなかった。
なぜ、彼は私に構うのだろう。
私には、彼に何かしてあげられることなんて何もない。むしろ、関わらない方がいいに決まっている。私の内側にある闇に触れたら、彼だって不快な思いをするだけだ。
それでも、胸の奥が少しだけちくりと痛んだ。それは、罪悪感なのだろうか。それとも、ほんの少しだけ、彼の誘いに心が動いた自分に対する、自己嫌悪なのだろうか。
その日の夜も、私はいつものようにバスルームへ向かった。そして、冷たい陶器の角に身を預ける。目を閉じると、高槻くんの、少し傷ついたような顔が浮かんできた。
まただ。どうして、彼の顔が浮かんでくるのだろう。
私はそれを振り払うように、もっと強く、もっと深く、体を押し付ける。
痛み。熱。そして、ほんの少しの、名前のない感情。
この感情は、何?